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「地位も肩書きも消えてただの人になる」働き盛りの大人が海を渡る意義

現在観測 第48回

 このように海外を訪れる動機は千差万別だ。その気持ちを酌み取り、旅行会社各社は、多種多様なスタイルのツアーを揃える。
 お金を工面し時間を確保する。そしてツアーに申し込みさえすれば、海外へと渡り、一生の思い出を作ることができる。
 それは旅行と呼ばれる。もちろん旅行が駄目だという気は毛頭ない。素晴らしい体験が出来るし、生涯忘れることができない時間になるからだ。だが、大人になったからこそ「旅行」だけでなく「旅」もすべきだ。

■旅で試される人間力

 旅は若者だけの特権ではない。大人だって旅をしたっていいはずだ。バックパックを背負おうが、スーツケースを転がそうがどちらでも構わない。飛行機やホテルの手配を事前に旅行会社に依頼するのもいい。ただ少なくとも現地では自身の力だけで過ごす。できれば一人で。そう決めて海を渡れば、一気に旅行から旅になっていく。

ロシア第二の都市サンクトペテルブルク。この街の代表的な建造物のひとつ『血の上の救世主教会』の全景が見られる川沿いの道にて。写真/多賀秀行

 現地の空港に到着すれば、そこは完全にアウェーだ。両替をするべきか、タクシーに乗るべきか、観光案内所に行くべきか。色々とやるべきこと、考えるべきことが脳内を駆け巡る。同時に湧き上がる、今後の希望と不安。
 そんな思いを胸に過ごす現地での日々は、濃密な時間となると同時に、ひとつ大切なことを気付かせてくれる。若者であればさして気付かないことかもしれない。それは、今まで苦労して積み重ねてきた地位も名誉も肩書きも通じないということだ。政治家が落選すると「当選しなければただの人」と言われるが、まったく同じだ。即ち人間力がどこまでも試されるのだ。
 特にトラブルに遭遇した時に、己の力量を実感できる。トラブルがあっても添乗員に一言告げて解決を待つのではなく、自力でなんとかするしかない。言語が達者であれば簡単かもしれないが、言葉も満足に通じず、手放しで助けてくれる人もおらず、直ぐに相談できる相手もいない。そんな時こそ、どんなささいなことであっても人の優しさ、温かさが身に滲みるものだ。
 イタリアをオートバイで走っていた時、迷子になった。通りすがりの人に帰り道を教えてもらったことがどれだけ嬉しかったか。
 ベトナムの屋台で食事をした時、簡単なベトナム語を使ってみた。店員が他の客には見せない満面の笑顔をくれただけで、どれだけ心が温まったか。
 旅では何気ない一瞬が、一生の思い出になることが多い。異国の地に立つことで無意識に感じる孤独や不安といった類のものが、感度を高めるのだろう。良いことだけでなく、もちろん嫌なことだってある。酸いも甘いも含めてが、旅の醍醐味だ。

■大人が旅する意義

 旅で得た経験が何の役に立つのかは、正直な所分からない。ただ、人を強くし、優しくするのは、誰かに見守られた中での物見遊山ではなく、絶対に旅であることは間違いない。1日でも2日でもいい。大人になった今こそ、旅と呼べる時間を異国の地で過ごすことにトライしてみてほしい。
 現代の社会において、会社や所属している組織の看板や肩書きを盾に、傲慢な態度をとる人がいかに多いことか。単に客というだけで同様の態度を取る人もいる。彼らは分かっていない。その会社・組織・お店を一歩外に出た瞬間に「ただの人」だということを。

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多賀 秀行

たが ひでゆき

1981年東京都出身。高校卒業後、人生初の海外となる世界一周の船旅に参加。以降、国際NGOでのボランティア活動や旅行会社での企画、手配、添乗に携わり延べ70以上の国と地域を訪問。その後出版業界へと転職。『5日間の休みで行けちゃう! 絶景・秘境への旅』『5日間の休みで行けちゃう! 美しい街・絶景の街への旅』(以上、A‐Works)など、累計30万部発行の人気シリーズの編集者となる。著書には『一生に一度は行きたい 世界の旅先ベスト25』(光文社新書)など。現在は、岐阜県高山市に移住し、1日1組限定の宿「ANCHOR SITE」を営みながら、海外旅行をメインとしたフリーランスの編集者として活動している。


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  • 多賀 秀行
  • 2015.06.17