既存の枠にとらわれない夫婦への挑戦
現在観測 第15回
大きな転機
結婚10年目、マホさんが35歳のとき、夫婦にとって重要な出来事が起こる。自分は悩んでいる人を支える仕事がしたい。マホさんは臨床心理士を目指そうと思い、通信の大学院に通いたいとタカさんに打ち明けた。それが原因で大きな喧嘩になった。これまでも考えかたの違いから衝突し、「離婚」という言葉が飛びかうことは何度もあったが、最終的には「この人だよな」という気持ちが勝り、収束してきた。しかし、この時は違ったという。
「ほんまにそんな投資して、生活費を稼げるようになるんか。そんだけ金と時間つこうのに、どうも仕事はないようですって、そんなん話になるか!」とタカさんがマホさんを問い詰めた。
マホさんには、これまでタカさんの夢を実現するために協力してきたという思いがあった。だから、自分が夢に向かうときは協力してくれると思っていた。やっと見つけた道を断ち切られた思いがして、マホさんはブチ切れた。
「わたしはあなたの踏み台じゃない!」
マホさんはタカさんをなじった。タカさんは自分の意見を変えることはなかったが、しばらくして意外な代替案をマホさんに伝えた。
「お前には占いがあるやないか。よくいろんな人を占ってあげてるやないか。あれを見ていて、当たってるなあ、っていつも感心してたんや」
マホさんは小さい頃からタロット占いが好きで、友人を占っていた。占いや精神世界に関心のない夫からの意外な提案に耳を疑ったが、うれしかったという。
「全面的に応援するから勉強すればいい。家事育児のこともお金のことも心配するな」という夫の言葉を受け、マホさんは占いの勉強をはじめた。現在、マホさんは占いやコーチングの仕事をしており、タカさんは秘書兼事務員として妻の仕事をサポートし、同時に、主夫として家事や子育てを担当している。
ぶつかり合う本音
夫婦にもいろいろある。なんでも話す夫婦もいれば、互いの仕事や趣味の話は一切しない夫婦もいる。自分の理想の夫婦像と現実が違うこともある。マホさんも、このギャップに悩んだ一人だ。
「(夫は)わたしがどう世界を見ているのか。何に感動したり、何を嫌だと感じたりするのか、全くわからない人。背中合わせ。同じ布団で寝て、泣いていても、どうしたん?とか声をかけてくれることは20年間ゼロでした。気がつかへんのやーって……それが不安ていうか、あまりに空虚だ、って思って。……一生ひとりぼっちだと思って生きていかなあかんのや、って」
6、7年前にマホさんはタカさんに「このまま年をとって死にたくない。誰かとわかり合い、寄り添いながら生きていきたいから、離婚してほしい」と伝えた。するとタカさんは、離婚したくないから、結婚したまま恋人をつくればいいと答えた。タカさんが離婚したくなかった理由は、自分にとって特別な女性であるマホさんを、どうしても手放したくなかったからである。
しばらくして、マホさんに本当に好きな人ができた。嘘をついたり隠すのは嫌だなと思い、葛藤した末にタカさんに自分の気持ちを伝えた。しかし、タカさんは受け入れることができなかった。やっぱり嫌や、ものすごく辛い、夜も眠れない、心臓が苦しい、不整脈が出てきた……。タカさんは自分の本音を正直に伝えた。マホさんは二人をスカイプで会わせたが、何の解決にもならなかった。タカさんは「どうしても許せないから、慰謝料を請求していいか」とマホさんに話した。
タカさんへの配慮もあり、恋人と別れた。しかし、他に恋人が欲しいというのは「魂の叫び」であり、自分を押し殺して型にはめていくことは、精神的に辛かったという。そこでマホさんは正直に自分の気持ちを打ち明けた。
「この先あなたと1対1でやっていくという選択肢は本当にないです。わたしはこれまでいろいろと我慢してきました。離婚してくれるか、恋人をつくるのを許してくれるのか、どちらかを選んでください」
タカさんは、1年だけ猶予をくれとお願いをした。マホさん曰く、その1年でタカさんはとても変わり、以前に比べて夫婦関係はよくなった。タカさんへの感謝の気持ちも、一緒にいたいという思いもあったが、他に恋人をつくりたいという思いは変わらなかった。
話し合いの末、二人は互いに恋人をもつ夫婦になることに決めた。それは、自分が犠牲になるのではなく、誰かが犠牲になるのでもない、そういう道をなんとか見つけたい、そのような思いで辿りついた結論だった、とマホさんはいう。
「自分を殺せば周りが幸せになる、というのは違うと思います。それは周りに伝わってしまいます。うちの両親は不仲で、母が『子供さえいなければ』と嘆くのを聞いて育ちました。わたしは、『自分が我慢しているのはあなたたちのせいだ』なんて子供に言いたくない。……いろいろと不満を伝えたときに、変わろうと思ってくれた主人は素晴らしいと思います。わたしも自分さえ我慢すればいい、と思わないでやってきてよかった。二人とも、粘り強いところがあるから、諦めずに、投げ出さずに、ここまできたのかもしれませんね」
そうマホさんは笑った。