“東郷ターン”と呼ばれる
敵前大回頭でロシア艦隊に挑む
日露戦争の真実 日本海海戦の戦略を読み解く 第11回
両艦隊は1万2000メートルほどまで接近している。連合艦隊は午後2時2分、南西に針路をとった。北東へ進む敵艦隊とすれ違いながら撃ちあう反航戦のかたちになった。両艦隊は約8500メートルにまで接近している。
午後2時5分、艦橋最上部に立ち続けていた東郷司令長官は右手を高くあげ、左回しに回した。
「長官、取舵ですか?」
参謀長の加藤友三郎少将が念のために聞くと、「さよう」と答えた。
「取舵一杯!」
加藤参謀長の甲高い声による命令が伝声管を通してすぐ下の艦橋にいる艦長の伊地知彦次郎大佐に伝えられた。
のちに「東郷ターン」と呼ばれる敵前大回頭が始まった。「三笠」は左に向かってUターンする。
常識的な海戦術では射程内の敵前回頭は自殺行為に近い。ロジェストウェンスキーは「しめた」と思い砲撃を命じた。午後2時8分、スワロフの前部主砲が火を噴いた。第1、第2、第3戦艦隊の戦艦、巡洋艦も砲撃を始めた。
回頭中の「三笠」の周囲に巨大な水柱がそそり立ち、甲板や右舷に敵弾が命中する。装甲が厚いとはいえ被弾のたびに激震が走る。「三笠」は右舷側に約40発、左舷側に8発を被弾するが、大半はこのときの集中砲火によるものである。だが、奇跡的に艦橋最上部には当たらない。「三笠」の大回頭が終わり、直進すると右舷側に敵艦隊が見える。東郷は旗艦「スワロフ」に狙いを定めて攻撃するように命じた。