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「決戦すること、それ自体が目的」謙信VS信玄、第四次川中島合戦の真実 

謙信vs信玄 川中島合戦の真相(上)

上杉軍による海津城包囲網

川中島合戦①

 最初、上杉政虎は越中平定を目的に軍事行動を準備した。八月三日、北条氏康が足利義氏を通して加賀本誓寺に、越後での一向一揆の蜂起工作を要請しており、これに備えたものである。だが、これは武田方を欺くための芝居で、実際には越中に出向くことなく、春日山城に集結させた一三〇〇〇の兵を率いて、南下を開始した(『上杉年譜』)。目指す先は、武田による北信濃の支配拠点、海津城であった。

 八月十四日、上杉軍は春日山城を進発した。『軍鑑』に進軍経路は記されておらず、上杉系の軍記によれば、「春日山城→飯山街道→善光寺」を通った後、犀川を渡って川中島に入り、左(東)に見える海津城を攻撃することなく、赤坂山・清野の宿を打越し、十六日巳
刻、鞍骨山に登って妻女山を要塞化した(『北越軍談』)。妻女山から鞍骨山までの山脈に並ぶ、雨宮・天城・鞍骨の諸城は、ここで一気に制圧されたと見ていいだろう。

 妻女山は海津城を眼下に一望できる重要拠点で、この地を制することは海津城の軍事機能を無効化するに等しかった。のちの「天正壬午の乱」で、妻女山に布陣した上杉景勝かが川中島一帯を制圧した事実からも、この地の重要性が証明されよう。海津城を追い詰めて信玄の後詰めを待つ、というのが政虎の戦略だった。宿敵と雌雄を決するべく、あえて敵地深くまで踏み込んだわけである。

 ところで近年の指摘では、川中島南方に向かう街道脇には横田城が、妻女山や海津城周辺には複数の城塞群があり、上杉軍がこれらを無視して進軍することは不可能だったと言われており、妻女山の布陣も『軍鑑』の粉飾が疑われている。が、虚を突かれた武田軍にどれほどの抗戦準備ができただろう。まして今回は旧守護小笠原氏の帰国という看板もあり、海野・高坂・仁科が上杉に内通したことが上杉方の記録に伝わっている。武田方の諸城を接収し、妻女山を確保するまで、さしたる苦労はなかっただろう。

 諸城の接収には、傍証材料もある。『北越軍談』によると、政虎は正規兵を八〇〇〇と、輜重・遊軍五〇〇〇を連れていたが、直江・中条の予備兵三〇〇〇を、いつしか塩崎村の西北や戸部村の南方に待機させている。戸部村は横田城付近にあったらしいが、横田城を制圧していればこそ行える配置であろう。

 なお、『越後軍記』『北越軍談』『甲越信戦録』の記録だと、政虎は当初一三〇〇〇人で進発、うち五〇〇〇人を諸城に置き、妻女山には八〇〇〇人で登った計算で一致する。

 こうした流れを眺めれば、『軍鑑』の展開と、他史料や最新の現地調査との間に見られる矛盾もすっきりと解消されよう。政虎は「海津城包囲網」を築いたのである。

 武田軍を誘い入れるためとはいえ、自ら敵地で糧道を断つ必要はない。直江・中条隊を、善光寺の横山城から横田城に至る街道筋に置けば、妻女山への補給路を確保できる上、甲斐本国と海津城との連絡路を断つことができる。政虎は自軍を餌にするのではなく、海津城包囲網を築くことで信玄を誘引したのであろう。

 川中島に政虎来たる──この知らせが信玄のもとに届いたのは八月十六日だった。十八日、信玄は二〇〇〇〇の兵を従えて甲府を進発。二十四日に川中島へ入ると、雨宮の渡しを封鎖し、そのまま妻女山に面する千曲川の北方に布陣、上杉軍の退路を遮断した。これにより、妻女山の政虎は越後本国からの物資補給を受けられず、袋のネズミとなった。しかし、糧道を断たれたはずの上杉軍はなぜか悠々として動揺する気配を見せない。
 
 この態度に遠謀ありと見た武田軍は、弓矢で小競り合いを繰り返して、五日後の二十九日、広瀬の渡しを通り、海津城に移動した。この時、政虎は家老の意見も聞かず、何のアクションも起こさなかったという。

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乃至 政彦

ないし まさひこ

1974年香川県高松市生まれ。戦国史研究家。専門は、長尾為景・上杉謙信・上杉景勝、陣立(中世日本の陣形と軍制)。著書に『戦国の陣形』(講談社現代新書)、『戦国武将と男色』(洋泉社歴史新書y)、監修に『図解! 戦国の陣形』(洋泉社MOOK)、おもな論文に「戦国期における旗本陣立書の成立─[武田陣立書]の構成から─」(『武田氏研究』第53号)がある。



公式サイト「天下静謐」http://www.twinkletiger.com/


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