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とにかく腹を割る。毛沢東とブレジネフを攻略した、田中角栄の戦術と戦略

角栄、凄みと弱さの実像。②

中国、ソ連という二つの共産主義国トップと渡り合った田中角栄。その外交手腕を「永田町のなまず」と呼ばれた平野貞夫が解説。氏の新刊『角栄———凄みと弱さの実像』より紹介する。

なぜ毛沢東やブレジネフは角栄とウマがあったのか

 

 角栄が日中国交正常化の大きな土産を持ち帰った後の1972(昭和47)年10月には、国交正常化の印として中国から上野動物園に送られるパンダがやって来る予定でした。新聞は角栄外交の大きな成果としてこれを持ち上げました。すると、自民党からは解散を唱える声が上がりました。しかし角栄はこれを受け入れず、解散は12月にずれ込みました。結果は、自民党の議席を減らす敗北になりました。

 ですが、角栄はあまり気に留めていなかったようです。確かにまだ政権はスタートしたばかりでいくらでも挽回の可能性はありました。佐藤昭の『日記』にはこうあります。「結局、衆院選は日中ブームが去った後の十二月にずれこみ、自民党は議席を減らす結果に終わった。せっかくのチャンスをみすみす逃したと感じた議員もいたに違いない。しかし、田中の目はいつも先を睨んでいた。中国に行く前から、私にはこう言っていたのだ。『中国の次はソ連だ、ソ連だよ』」

 そして翌73(昭和48)年の9月から10月にかけて、角栄はフランス、イギリス、西ドイツ、ソ連を歴訪。モスクワを訪れたのは、戦後の首相としては鳩山一郎(1883〜1959)以来二人目でした。

 フランス、イギリス、西ドイツで話し合われたテーマは資源でした。「資源外交」です。

 ところが、モスクワでの角栄は違っていました。ブレジネフ書記長とコスイギン首相と会談した際、いきなり北方領土問題を取り上げたのです。それに対し、ブレジネフがチュメニ油田開発や天然ガス、鉱物資源について話して日本の協力を求めますが、角栄は再び北方領土の返還に話を戻します。

 そして共同声明に「第2次大戦の時から未解決の諸問題を解決して平和条約を締結する」との文言を入れることで合意した時も、角栄はブレジネフに「未解決の問題で最も重要なのは、歯舞、色丹、国後、択捉の4島のことでよいか」と迫り、二度もブレジネフに「ダー(その通り)、ダー」と言わせています。
 この中国も合わせたソ連という二つの共産主義国トップと渡り合った角栄のやり取りについてですが、そこでは前項でも触れた、「なぜ中国だったのか」という問いの答えも含まれています。そこには角栄らしい計算と腹づもりもあったのです。後年に角栄はこんなことを話しています。

 毛沢東、周恩来の目玉の黒いうちにやらなきゃと思ったんだよ。ふたりは何度も死線をくぐって共産党政権をつくった創業者だ。中国国民にとって肉親を殺されたにっくき日本と和解して、しかも賠償を求めないなんて決断は、創業者じゃないとできないんだ。毛沢東と周恩来が言えば、中国国民も納得する。ふたりがいなくたって二代目になったら、日本に譲るなんてことはできるわけがない(早野透『自画像』)

 ブレジネフについても、同書にこうあります。

「ブレジネフのような戦争の苛烈さを知っている世代の指導者は、妻子を置いて博打をするような愚かなまねはしない、心配なのは数字と理屈の教条主義で割り切ろうとする党官僚が次なるトップになることだという話である」

 もちろん、口にしないだけで周到な用意がないと出来る話ではないので〝土建屋のオヤジ〞上がりという〝庶民派宰相〞を意識して演じた出来過ぎた話のようにも聞こえますが、外交とは相手のいる話ですし、腹を割って話せばなんとかなるというのが得意技の角栄にしてみれば、一番の本音でもあったのでしょう。

(『角栄———凄みと弱さの実像』より構成)

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平野 貞夫

ひらの さだお

1935年高知県出身。法政大学大学院社会科学研究科政治学専攻修士課程修了後、衆議院事務局に入局。園田直衆議院副議長秘書、前尾繁三郎衆議院議長秘書、委員部長等を歴任。ロッキード事件後の政治倫理制度や、政治改革の実現をめぐって、当時衆議院議院運営委員長だった小沢一郎氏を補佐し、政策立案や国会運営の面から支える。92年衆議院事務局を退職し、参議院議員に当選。以降、自民党、新生党、新進党、自由党、民主党と、小沢氏と行動をともにし、「小沢の知恵袋」「懐刀」と称せられる。自社55年体制より、共産党も含めた各党に太いパイプを持ち、政界の表も裏も知り尽くす存在で、宮沢喜一元首相からは「永田町のなまず」と呼ばれる。現在、土佐南学会代表、日本一新の会代表。主な著書に『ロッキード事件 葬られた真実』(講談社)、『平成政治20年史』(幻冬舎新書)、『わが友・小沢一郎』(講談社)、『田中角栄を葬ったのは誰だ』(K&Kプレス)、『野党協力の真相』(詩想社新書)などがある。


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