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第29回:「春 服 何を着ていいのかわからない」

 

<第29回>

4月×日
【春  服  何を着ていいのかわからない】 
昼、蕎麦を食べに自転車で出かける。

ペダルを踏み、颯爽と街を駆け抜ける。春の柔らかい陽射しが目に眩しい。
と、部分的に描写すれば非常に爽やかな図であるが、もう少し俯瞰で見てみると、髪は寝癖だらけ、服は上下スウェットで、そのネズミ色のスウェットには歯磨き粉をこぼした形跡が点在し、その上に雑にウィンドブレーカーを羽織っている。しかもそのウィンドブレーカーは、変なピンク色だ。
つまり、人間として、赤点である。悲しいことに、人生に追試はない。

その格好のまま蕎麦屋に入店すると、店員たちがあからさまに「ひっ」という表情を浮かべていた。しかし、僕はそんなことで動揺する器ではない。この昼に目が覚めて、そのまま着替えもせずに惰性で蕎麦を食べるという「江戸の浪人」に匹敵するドロップアウトライフも、最近は板についてきて、他人がどんなに僕の姿を見てドン引いていようとも、少しも気にならなくなってきた。

威張れることでは、全くない。
蕎麦屋内に変な緊張を走らせながら、ひとり、蕎麦をずるずるとすすった。

店を出て、家に向けて自転車を走らせる。
来た道では春の木漏れ日が暖かかったというのに、帰りの道では木陰に入るだけで軽く身震いする、冷えた気温になっていた。

春の気候は、不安定だ。所ジョージの音感と同じくらい、不安定だ。

冷たい突風が身体全身を煽ってきた。すると僕は、さっきまで「他人の目など気にならない」と嘯いていたのに、急にウィンドブレーカーを着ている自分が恥ずかしくなってきた。

「やだ、あの人、こんな風の強い日に、ウィンドブレーカーなんて着てる」

「本当だ。ウィンドをブレイクしたくて、必死なんだね」

道ゆく人々に、そんなことを囁かれている気がしてきた。そんなことを気にする前に、寝癖や上下スウェットを気にしろよ、とも思うが、とにかく僕はいそいで家に帰ろうとペダルを加速させた。

春に、何を着ていいのか、わからない。
だから、自棄をおこして、ついつい寝巻きのままで一日を過ごしてしまう。
童話「北風と太陽」で太陽は旅人を裸にしたが、春の太陽の場合、オシャレに自信がない人間のセンスを丸裸にしてしまう。

カーディガン?

薄手のシャツ?

パーカー?

なんで服って、こんなに種類があるのだ!!股間を隠す葉っぱが二種類くらいと、あと乳首が出ているのが恥ずかしい人のためにシジミがあれば、それで十分ではないか!
そんな無茶苦茶なファッション原理主義を主張したくなるほどに、春はなにを着ていいのかわからない。

しかし、僕もいつまでも、逃げていてはいけない。
僕も、いい歳だ。そろそろ春先のファッションと、向かい合わなければならない。

自室で「春  服  何を着ていいのかわからない」を検索。
きっと検索結果の中に、「春に何を着ていいのかわからないキミにオススメのコーディネイト!」みたいな親切なサイトがあるに違いないと期待しながら検索ボタンをクリックする。

すると「春に何を着ていいのかわからない奴ら、集まれ」的な大手掲示板が現れた。おお、同志よ、仲間たちよ。こんなところにいたのか。

そこには、こんなコメントが書き込まれていた。

「ていうか、春に何を着ていいのかわからない奴って、だいたい他の季節も何を着ていいのかわかってないよな」

そうだった。すっかり忘れていた。「春に何を着ていいのかわからない」などと、まるで他の季節は何を着ればいいのかわかっているかのような気になっていたが、自分は春夏秋冬、一年を通じて、ファッションに自信のない人間であった。

ここ一年の自分を振り返ってみる。どの季節にも、基本、黒かネズミ色の服を着て微笑んでいる自分が、立っていた。なんかわからないけど、パプワニューギニアあたりに生息している鳥のほうが、よっぽど華がある気がした。

僕は、何を着ていいのかわからない人間だ。だから、ナチュラルに、ダサい。
でも、それは僕が悪いのではない。この世に服があるから、いけないのである。
人間の価値は服で決まるのではない。いま、キミが心に着ている、他人には見えない服。その服さえ輝いていれば、あとはどんなにダサい服を着ていたって、かまわない。さあ、裸の王様になるんだ!町人たちに笑われながら、未来に走れ!

春の一日を記録した日記を書いていたつもりが、自己啓発本のような話の締め方になってしまい、自分でも驚いている。

  

 

 

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*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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