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第32回:「旅行先でなぜかケチになる」(前編)

 

<第32回>

5月×日
【「旅行先でなぜかケチになる」(前編)】 

 

ふと「旅行してえなあ」と現実逃避の念に駆られ、気がつくと京都に降り立っていた。

 

この逃げも隠れもしない、純度100%の「そうだ、京都に行こう」感はどうだ。どうだ、と言われても困るとは思うが、こんなにも素敵な思いつき、他にあるだろうか。

「そうだ、ヨーコと共に世界平和を呼びかけよう」

「そうだ、桜の枝を折ってしまったので正直にあやまろう」

「そうだ、この大きなタマゴでカステラを作ろう」

有史以来、世界中のありとあらゆる人々およびぐりとぐらが色んなことを思いついてきたわけだが、そのどれよりも「そうだ、京都に行こう」は素晴らしい思いつきである。

 

ここのところ、生活パターンが「仕事をちょっとつついては、すぐに布団に潜る」の繰り返しになっていた。無気力である。一日の消費エネルギーも、たぶんハチドリとかにすら負ける少なさだ。

「自分を切り替えなくてはいけない」と焦っていた。

そこにきて、この「そうだ、京都に行こう」という思いつき。新緑の季節に京都を旅する。この靴の裏にこびりついたガムのような生活を変える、最高のきっかけのように思えた。

 

こうなったら、パーっといこう。人に威張れるほどお金を持っているわけではないが、せっかくの京都旅行である。気持ちよくお金を使い、「よし!明日からまたガンバるぞ!」と気を入れ直す。「ガンバ」の部分がカタカナでちょっとムカついた方もいらっしゃるかもしれないが、とにかく、お金は惜しまずに京都を満喫することに決めた。

 

なのに、これはいったい、どうしたことなのか。

僕は、京都の街で、おもいっきりお金をケチっていた。

 

以前からチェックしていた喫茶店を見つけたものの、コーヒーが一杯650円もするので、入ることを断念する。

無料だと思っていた三十三間堂は拝観料がかかるのだということを到着してから知り、断腸の思いでそれを窓口で支払う。国宝「千体観音像」が並ぶお堂の中で、「なんで神社仏閣に入るだけなのにお金を取るんだ…」と鬱が入る。

自動販売機でジュースを買うことさえ惜しくなり、寺の入り口のお清め用の手洗い場の水を、「これは飲料水ではありません」という注意書きを全力で無視して、飲む。

タクシーはおろか、バス料金すら払いたくなくなり、とにかく歩く。ただ、歩く。

 

「またか…」と、僕は僕自身に、がっかりした。

僕は昔から、自分でも上手く理解できない、奇癖を持っている。

「旅行先で、ものすごくケチになる」という奇癖である。

次回に続く)

 

  

*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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