いままでの経験と生き方に、人生のヒントがある!
『ガラスの天井のひらきかた』②
女性が働くということ
一般的に、「よく働く」ということを表現する時には「バリバリやっている」と言いますが、女性がそうすると「ガツガツしている」となるから奇妙です。
昔から、何となく適当に働いてきたので、「バリバリ」には無縁だった私。
ですがプロの作家になって、売れないと次はなく、残念な結果は出したくないので、今まで人生で表にあまり出さなかった、本気度をアップしてみました。
頑張るほど応援者も増えますが、その陰で、「あの、派手で押し出しの強い、狙った獲物は逃がさない黒豹みたいな人!」(私は、アニマルか!)「女性なのに、わりとものをはっきり言う人。苦手なタイプ」(じゃあ、私を囲んでいろいろ質問しないでくださいよ)などの悪口も耳にします。
そもそも、ただ黙っているだけで、男は「威厳がある」と見られますが、女は「鼻持ちならない」と言われてしまうのも解せません。
後輩の女性作家が、作品のプロモーションに奔走していると、
「まだ足りないの? そこまでやらなきゃいけないの?」と呆れられたそうです。
「そんなに大変なら、結婚して、誰かに食べさせてもらえば?」
男には決して言わないセリフです。
私と同い年のあるトップアイドルも、「夢を売るのも大変よ」と、ボーッと遠い目をしながら、楽屋で煙草をふかしていました。
「売れるまでが一苦労なのよ。いろいろやらなきゃ。売れたら楽だけどね。それまでがね」と、さばけたご意見、同感でございます!
小池百合子さんが東京都知事に就任される前に、「『嫉妬』という字は、女偏でしょう。しかし、永田町の男たちを見ると、男性議員の方がはるかに嫉妬深いわよ。これからは男偏に変えるべきね」とおっしゃったとか。
小池知事と言えば、2016年に行われたリオ五輪の閉会式に、色留袖の三つ紋という正装で、雨の中、五輪旗を振られていた姿に感動しました。
女性は装いによってランクが上がるもの。日本人女性の大和魂を見たように思います。
また、旅が私を育てたと言っても過言ではないくらい、世界中で素晴らしい出逢いや、役に立つ経験をしてきました。日頃の生活でも応用できることはたくさんあり、何ごともその場で解決する癖がつきました。
あとでスマホ相手に、ぶちぶちクレームをつぶやくのは間違いで、重要案件は後回しにしない習慣をつけることが、危機管理やトラブル回避に繋がるのです。
仕事でも、厄介事をスタッフが後回しにしようとすると、
「これは、いますぐやって!」
と、トラブルほど早く手を打つよう指示します。
大事な案件は人任せにしない(人を介すと、無責任なので結構手を抜かれるものです)、相手の話を鵜呑みにせず、想定内、想定外、上中下と、最高から最悪のパター ンまで予測するという癖をつける。
あの手が駄目ならこの手と、同格の代案をすぐに用意できるかどうかで、その後の運命が変わります。
作家になった年には、アフリカをひとりで旅しました。
サファリをジープで駆け抜け、ビクトリア・フォールズの瀑布に圧倒された、約1週間の旅でした。
しばらくは人恋しくて、孤独で辛くてたまらなかったのですが、やがてそれを乗り越えと、寂しさは薄れ、歓喜の世界が訪れたのです。
今後、自分が何をすべきか、すべきではないかが自然とわかってきて、つまらな い〝とらわれ〟がなくなり、『私は生かされている』という感謝の気持ちが自然と 沸き上がってきました。
これぞ、〝自分探し〟ならぬ〝自分忘れ〟の旅。
離婚して、いろいろあったけれど、心に囚われず、自分を解放し、無心になれた旅でした。
自分を解放すると、開け放った場所に新しい風が吹き込んできます。
あれ以来、人恋しさの果てにある、『強さ』と『不動の孤独』を勝ち得たように 思います。
世界には、様々な生き方が溢れています。
また、15年来の知り合いで、今は毎年、年賀状だけのおつきあいですが、京都に行く度にお会いする、Yさんという女性がいらっしゃいます。
会社を立ち上げて 年、第一線で活躍中で、365日中、初詣のための元旦しか休みを取らず、平日はオフィスの近くのマンションに泊まり込み、深夜12時まで働いておられる、御年85歳のスーパーワンダーウーマンです。
背筋がピッとのびて声に張りがあり、30歳以上年下の私より、明らかにお元気なご様子で、多くの人々の相談事を、タタタタン! と解決していかれます。お会い すると、『気にしないで気にかける』など、いつもためになるアドバイスや、格言、 健康法等を教えてくださいます。
本書を書くにあたり、「Yさんの時代はまだ亭主関白や大和撫子が残っていたと思うのですが、いまで言う、セクハラやパワハラはありましたか?」と伺うと、驚きのお答えが。なんとYさん、1950年代に、すでにキャリア・ウーマンの 魁(さきがけ)だっ たのです。
周囲から『神童』と呼ばれるほど優秀だったYさんは、家が貧しかったため、高校を卒業してすぐ、 16歳で一流企業に就職しました。当時は高校に進学する女性は半数以下の時代でした。ちなみに女子大生ともなればかなり希少で、やっと都心で姿を見かけるようになった程度の頃です。
才色兼備だったYさんは、たちまち社内の男性陣から狙われ、入社して半年で、 101通ものラブレターを貰いました。それらはYさんの上司が管理しており、 「5人の男が競争して出し合うとるから乗ったらあかん。君は読まなくていい。明日映画に行って、お茶も飲まずに帰って来い。たいした男はおらんけどな」
と言われてそのようにし、Yさんに気になる男がいないとわかると、2カ月後、全員が地方の工場に飛ばされました。
上司が父親代わりとなって、『預かった娘さんは結婚するまで傷物にしない』という責任を持つ。それが昭和40年代のあるべき姿でした。
その後、経理の資格を持っていたYさんは、会社初の女性係長となり、結婚、出産を経ても会社を辞めないでくれと懇願され、会社がYさんのために育児ルームを作って産休明けの準備をしてくれたのだとか。
当時、大卒男性の初任給が13800円だった頃、Yさんの月給は30000円。
その中から10000円を、育児ルームのベビーシッターに支払っていました。
Yさんいわく、「女性ゆえの不自由さを感じたことはない」と。突き抜けて優秀なYさんには、最初からガラスの天井はなかったというわけです。
その後、会社を辞めて起業するまでの経緯がまたふるっているのですが、本書の テーマから外れてしまうので割愛させていただくとして、85歳で50代の内臓を持っていると診断された、Yさんの健康の秘訣を伺ってみると、「健康であることは愛嬌があること」だと前置きされ、
2.規則正しいタイムスケジュールで動く(睡眠時間は4時間。2時に寝て6時に起きる。就寝前に1時間の風呂と足のマッサージ)。
3.真面目な心がけを失わず、怠惰に過ごさないこと。
4.挨拶や態度を明るくし、陽の気を入れること。
5.あらゆる場所に顔を出し、経験を積むこと。たくさん苦労すると、脳が生き方を覚える。
6.仕事に楽なし。苦労するから楽しい。できると思って運を作ること。働くことが人間を成長させる。苦労に逃げず、明るく対処し、 %の力で精一杯努力する。
と教えてくださいました。
夫婦円満の秘訣についても尋ねてみると、「男は勝手、女はわがまま。夫婦はしょせん、狐と狸の化かし合いや。男性は嘘つきやから、女性は嘘に乗せられたフリをして操ればええ。あいつがいてくれて助かった、と思われるのが女房の使命」なのだとか。
「どれだけ頑張ろうが賢かろうが、しょせん女は女や。力では勝たれへんのやから、 知恵で勝つこと(口ではなく)。知恵は使えば使うほど使い得で、男が怒ってるな、と思ったら愛想良くしてねぎらえばええ。男は単純やから、機嫌よう働いてもらってなんぼ」なのだそうです。
またYさんは、フジテレビの『スカッとジャパン』の笹野高史演じるスカッとばあちゃんのように、街で困っている人や怒っている人に遭遇すると、先頭に立って助け、なだめにかかられます。
乱暴者にも果敢に立ち向かって行かれるので、怖くはないのですか? と尋ねると、
「貧乏な時代を通過してんのと、場数を踏んでるから、この世に怖い物はない。自分の周りに相手が逆らえん、踏み込まれへんような壁ができるんや。誰も逆らわん。みんな助かり、感謝される。年寄りの役目ってこれやと思うねん。そやから、ご意見番として長生きせなあかん。それと、掃除が上手ぐらいしか、年寄りは取り柄がないからな」
と豪快に笑われました。
迎エズ(先のことをあれこれ取り越し苦労しない)
応ジテ(その時に応じて適切な処置をとっていく)
而(しか)シテ(現実に最善を尽くして心に何も止めない)
蔵(おさ)メズ(つまり爽快に忘れるということです)
……という、中国の戦国時代の宗の思想家・荘子の言葉を心構えとして、心身の健康を保っているのだとか。
何か困った時には最も頼りになり、敬愛するスーパーワンダーウーマンです。
『ガラスの天井のひらきかた あなたの成長を喜ばない人たちへの処方箋』より抜粋