休日の家族連れを直視できない女性。押された「不可」という小さなハンコ
産まないことは「逃げ」ですか⑦
「不可」という小さなハンコがチクッと押される
この心根、非常に説明が難しいのだけれど、「幸せそうだなコノヤロー」と、嫉妬や逆恨みする感覚とはちょっと違う。だって、嫉妬するほうが簡単だし、ラクだ。
「同じ顔して並んじゃって。マトリョーシカか!」
なんて茶化したり、毒づけばいいのだけれど、そんな軽口で済むものではない。
私はそこに行けない、到達できないんだ、という感覚で、「不可」というハンコを押されるような思い、といったらわかるだろうか。家族連れを見るたびに、私の下腹部に「不可」という小さなハンコが押されるのだ。押されるとチクッとする。
頑張れば、ある程度のモノは手に入る。信念をもって努力していれば、いつか報われる。それは「やる気がない人を鼓舞するための惹句(じゃっく)」であって、実はこの世の中には不可能なことがいくつもある。頑張っても手に入らないものもあるし、努力が報われるというのも確率は非常に低い。
そんな「救いようのないネガティブ」なことを考えたりして、精神衛生上よろしくなかった。だから、子連れが多い場所や、込み合う休日は外出を避けたりしていたかも。そうなると、徘徊するのがたいてい夜の街になるんだよね。子連れがほとんどいないから。
今? 今はそんなことない。
行きたいところへ行きたい時期に行きたい人と出かける。家族連れを見ても、ネガティブなことを考えなくなった。逆に、子連れのお母さんが困っていたら手助けしたいと思うようになったし、お父さんが小さな子供を抱っこして連れているのを見て、微笑む余裕も出てきた。普通に外出できますぜ。笑顔で闊歩できますぜ。
でもひとつだけ拭えないのは、小さなハンコである。チクッと押される、例のヤツ。以前はチクッとして、じわじわと広がっていたのがとてもイヤだった。最近はその時間も短くなってきているが、ハンコはしばらく続くみたい。45歳になった今でも。
〈『産まないことは「逃げ」ですか?』(著・吉田潮)より構成〉
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