ヒロシ 熊本出身。故郷を語る言葉が切ない
ヒロシさん11月毎日更新 Q24 熊本時代の印象的な思い出は?
炭鉱の町に生まれ。「どんでもないところに住んでいた」
熊本出身ではあるんですけど、熊本のはずれの方(荒尾市)に住んでいたので、いわゆる熊本の文化とはちょっと違いますね。一般的に言う熊本と僕が言う熊本は別物。
住んでいたのは、福岡寄りにある炭鉱の町です。父親が三井三池炭鉱の炭鉱夫だったんです。実家も炭鉱住宅という、炭鉱で働いている人が住んでいる長屋のような家。当時は何とも思わなかったけど、今思えばとんでもないところに住んでいたなあという。とにかく汚くて汚くて。今は恐ろしくて住めないと思うくらい汚い。でも、周りの友達はみんな炭鉱住宅に住んでいたので、それが当たり前。みんな生活レベルも一緒だから、別におかしいとは思っていませんでしたけどね。
それが、「うちって普通の家じゃないんだな」と気づかされたのはいとこが来た時です。東京と神奈川にいとこがいて、正月とかに熊本に遊びに来るんですけど、なぜだかうちには泊まっていかない。泊まっていけばいいのに、ホテルをわざわざ予約するんです。要は「うちの実家が汚いから」という理由でホテルを借りていたらしくて。それを聞いた時はショックでしたね。
思い浮かぶ故郷の風景は「茶色」
そんな僕の田舎も、石炭の需要がなくなってから活気を失っていきました。燃料が石油に変わってからはウチの親父も職を失ってしまいましたね。栄えていた街は一気にシャッター街になってしまって……。思い浮かぶ故郷の風景を色で言ったら「茶色」です。活気がなくなって、茶色の風景なんです。寂しいですが。
熊本出身で得したことですか? あんまりないですね。今だに東京にいれば早くお笑いをスタートできたと思ってますし、東京生まれが羨ましい。それに、大阪なら劇場にも行けたでしょ? ネタで熊本弁を使っているのは故郷愛とかではないんですよ。昔はキツめのネタを言っていたので、方言で言えばちょっとマイルドになるかなと思ったからです。皆さんの期待する答えと違いますかね。
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撮影協力:東京ベイ有明ワシントンホテル