「AV」から性を学ぶのはかなり難しい
宮台真司と二村ヒトシが「日本人の性愛」の問題を語る
いま「うっすら病んでいる」世の中で、アラサー以下の女性が〝メンヘラ化〟していると指摘するのはAV監督であり、著述家の二村ヒトシ氏。この度、社会学者の宮台真司氏との対談本『どうすれば愛しあえるの〜幸せな性愛のヒント』を上梓し、話題になっている。そんなメンヘラ化した女性の性愛の特徴を鋭く語る一方、宮台氏は「日本男子の著しい性的劣化の原因」を指摘した。
AVのコンテンツ化による弊害
二村 どちらかがどちらかを一方的に消費してオナニーの道具にしているようなメンヘラ的〝激しいセックス〞の流行は、先に述べた「フェチ化によるAV企画のサプリメント化、徹底したコンテンツ化」と通底しています。
今のAV女優さんたちは性的なスキルという意味でも優秀で、何よりも職業人としての意識が高い。がんばり屋さんです。
ところが、サプリメント的に過激なセックスは、過激であればあるほど、がんばればがんばるほど寒くなっていくことがあります、残念なことに。
今目の前にいるメンヘラ女子は、あるいは映像の中にいるAV女優は、いったい何のためにセックスをしているのか。
セックスとはそもそも、自分のどんな欲望に根づいたものだったのか。それが分からなくなってしまっている。
宮台 まったくそう。いいか悪いかは横に置くと、相手がトランスに入るための入替可能な道具として自分を扱っていないかどうか。自分がトランスに入るための入替可能な道具として相手を扱っていないかどうか。これを見極める力がないと、持続可能な「関係」は不可能です。
性交時にトランスに入るメンヘラを初心者は勘違いしやすい。変性意識状態は繭に入った状態ですが、二人で一つの繭に入る場合と、一人だけで入る場合があります。メンヘラは後者で、彼ら彼女らは「自分が見たいように世界を見るための引金」を自分の中に持っています。
メンヘラが一人きりで繭に入るクセを身につけているのは自己防衛のためです。典型が性に対してトラウマがある女。トラウマに微妙な角度から触るようなセックスをすると、瞬時に変性意識状態に入ってトランスになりがちです。実際それを用いた治療的営みもあります。
そのこと自体は直ちに悪くはない。二村監督がおっしゃるように、トランスが彼女らの内面事情に過ぎないという事実を弁まえていればいい。彼女らは、変性意識状態に入るためのスムーズな最短ルートをとるべく、男を選びます。選ばれた男が勘違いしなければ、問題ないでしょう。
ただ、最近はAVを見本にした達成を自信の糧にする男が多いから、「俺はこの女をイカせたぜ、イエーイ!」と思い上がるケースが少なくない。「そんなことで喜んでるのか。お前じゃなくたって誰でも良かったんだよ」と忠告してくれる先輩や友人が、いるかどうかです。
若い男が今の話を含めてひたすら劣化する背景には、そうした指摘をしてくれる先輩や同輩や後輩の同性集団———社会学では「ホモソーシャリティ」と言います———がなくなったことがあります。ただし、後で言うように、ホモソーシャリティには重大な裏面もありますがね。
二村 親からは〝悪いこと〞は学べない。ところが先輩や友達のお兄さん、たまにしか会えない親戚のおじさんから、ちょっとヤバいこと、両親は絶対に教えてくれないけれど豊かに生きていくためには必要な、性的な知見や知恵を吸収するシステムがなくなってしまった。
宮台 そう。だから、二村監督みたいな方が先輩にいて「お前はそんなことで喜んでるのか」と一喝されれば、直ちに目が覚めるというだけの話です。なのに、その「だけの話」が昨は簡単に調達できません。そういう存在を見つけられるかどうかが、男子の最初の課題です。
(『どうすれば愛しあえるの』より構成)
宮台真司 みやだい・しんじ
社会学者。映書批評家。首都大学東京教授。1959年宮城県生まれ。東京大学大学院人文科學研究科博士課程修了。社会学博士。権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、外交論、文化論などで多くの著書を持ち、独自の映書評論でも注目を集める。著書に『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎文庫)、『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』(コアマガジン)、『社会という荒野を生きる。』(KKベストセラーズ)、『正義から享楽へ 映書は近代の幻を暴く』(blueprint)、『反グローバリゼーションとポピュリズム』(共著、光文社)など。
二村ヒトシ にむら・ひとし
アダルトビデオ監督。1964年東京都生まれ。慶應義塾幼稚舎卒、慶応義塾大学文学部中退。監督作品として「美しい痴女の接吻とセックス」「ふたなりレズビアン」「女装美少年」など、ジェンダーを超える演出を数多く創案。現在は、複数のAVレーベルを主宰するほか、ソフト・オン・デマンド若手監督のエロ教育顧問も務める。著書に『すべてはモテるためである』『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(ともにイースト・プレス)、『淑女のはらわた』(洋泉社)、『僕たちは愛されることを教わってきたはずだったのに』(KADOKAWA)など。