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『文庫X』仕掛け人 新人女性作家の挑戦作。自分ならここを売り出す

本のプロが読む、額賀澪『拝啓、本が売れません』(「さわや書店」長江貴士さん)

 本書は、読者のスタンスによって読み方が大きく変わるだろう。

「小説家・額賀澪の新作」として本書を読むと、もしかしたら失敗だと感じられるかもしれない。本書は、額賀澪が生み出す小説の世界観とは、あまり相容れないだろうと思うからだ。読者や小説家のファンというのはもちろん、「小説だけではなく、作家個人についても知りたい」と思っているだろうが、だからと言って何でも知りたいわけではないだろう。本書で額賀澪が見せる、「本を売りたい!そのために何でもやるぞー!」という姿は、もしかしたらファンが積極的に見たいと感じていない類のことかもしれないと思う。本書の中でもそういう指摘がなされる。取材に同行している担当編集者が、「この本は額賀澪のファンが読んではいけない本だ」というような発言をしているのだ。そういう意味で「小説家・額賀澪の新作」として本書を読むのは、あまりオススメできない。

 とはいえ本書には、新しい試みがなされていて、それは額賀澪ファンとしては嬉しい部分だろう。巻末に、次回作の冒頭が掲載されているのだ。本書の出版社とは別版元から出版される予定の作品で、なかなか斬新な、恐らく前例がないだろうチャレンジだ。実は僕も、さわや書店で働く以前から似たようなアイデア(ベストセラー作家の巻末に、新人作家の冒頭を載せるというもの)を機会がある毎に喋っていたことがあるので、この試みがどんな結果を生むのか楽しみにしている。

 話を戻すと、見たくない部分が見える可能性というのは、本書を「本」や「出版」という枠組みを通して捉えようとする読者にも当てはまるかもしれない。書店で働いている身として実感するのは、まだまだ「本」というものを「純粋なもの」「高尚なもの」と捉えてくれる雰囲気があるということだ。で、そういう方々が恐らく、文庫ではなくいわゆるハードカバーの本を買ってくれるのだと思う。そういう人たちにとっても、「本を売りたい!」という作家の生々しい叫びに溢れた本書は、知りたくなかった舞台裏を見せられたような気分になるかもしれない。

 僕は本書を、「プロフェッショナルの考え方を知る」という読み方をした。いわゆる、「情熱大陸」や「仕事の流儀」のようなテレビ番組的な捉え方だ。モノを生み出す、あるいはモノを届けるという仕事に全精力を傾けている人(もちろん、著者の額賀澪も含む)の哲学みたいなものが様々な形で垣間見えるという意味で、本書は面白いと思う。通常そういう作品は、いわゆるノンフィクションと呼ばれる作品を読まないと触れられないことが多いが、本書はノンフィクションでありながらエッセイ的な要素もかなり含まれる作品で、手に取りやすさもある。分かりやすく本書の面白さを押し出すとするなら、そういう点をメインにするだろう。

 登場する人の中でインパクトがあったのが、過去編集を担当した作品の累計発行部数が6000万部を超えているというスーパー編集者・三木一馬だ。彼が語る、「誰に向けて本を作るのか」「『アニメ化しにくい』とはどういう意味か」「売れる作品に一番必要なのは何か」などの話は非常に明快で、モノを生み出す人には参考になることが多いのではないかと思う。

 また装丁家(という呼び方はたぶん不正確なのだけど)である川谷康久も印象的だった。額賀澪が川谷康久の存在を知ったのは『月刊MdN 2017年12月号』の「恋するブックカバーのつくり手、川谷康久の特集」がきっかけだったのだが、実は僕もこの特集を読んでいた。『アオハライド』を始め、インパクトのある表紙を手がける方で、「もしかしたらこれ川谷氏が手がけた表紙では?」と思って確認すると実際そうだったということがあるくらい、記名性のあるデザインをする人だ。インタビューをきっかけに、本書の装丁をお願いすることになったようで、やはり川谷康久が得意とする、絵と文字が一体となったような印象的な表紙に仕上がっている。

 さて、少しだけまた「変換」の話に戻ろう。

 先ほど「分かりやすく本書の面白さを押し出すとするなら、そういう点をメインにするだろう。」と書いた。もう少し具体的に書けば、【モノを生み出す、あるいはモノを届けるという仕事に携わっている人が手軽に手に取れる本】という面白さが本書にはあって、分かりやすく本書を押し出すのならそういう部分に力点を置くだろう。

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額賀 澪

ぬかが みお

1990年生まれ。茨城県行方市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。

2015年に『屋上のウインドノーツ』(「ウインドノーツ」を改題)で第22回松本清張賞を、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。2016年、『タスキメシ』が第62回青少年読書感想文全国コンクール高等学校部門課題図書に。その他の既刊に『さよならクリームソーダ』『君はレフティ』『潮風エスケープ』『ウズタマ』『完パケ!』『拝啓、本が売れません』がある。最新作『風に恋う』好評発売中。



額賀澪公式サイト(http://nukaga-mio.work


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