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日米和平を潰すため、ソ連のスパイがルーズヴェルトに宛てた渾身の「覚書」

日米和平を妨害したホワイトの文案 シリーズ!日本人のためのインテリジェンス・ヒストリー⑥

満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった――。こういった歴史観には致命的な欠陥がある。日米開戦を引き金を引いたのはソ連だ。江崎 道朗氏は著書『日本は誰と戦ったのか』 の中で、ホワイトの覚書を引きながら、ソ連が日米両国の対立を煽ろうとする流れを明らかにする。

■「誰から頼まれたわけでもないのに」大統領宛ての書簡を作成したホワイト

来栖三郎特命大使

 一九四一年十一月、アメリカ政府内で、九〇日間の暫定協定構想が浮上します。
『ヴェノナの秘密(The Venona Secrets)』によると、マーシャル陸軍参謀総長は、「もし日本が十二月七日(現地時間)に真珠湾攻撃をせず、翌年一月一日までこの協定が維持されていたとしたら、その頃には独ソ戦でソ連の反攻が始まっていたので、日本は対米開戦に踏み切らなかった可能性がある」と述べています。
 はっきりしていることは、一九四一年十一月の時点でも、アメリカ政府の大勢は、日米戦争をなんとしても回避したい、というものであったということです。

 ジョン・コスターの『雪作戦(Operation Snow)』によると、一九四一年十一月十五日、来栖三郎【くるすさぶろう】が特別大使として緊急に訪米し、その二日後、野村吉三郎大使とともにコーデル・ハル国務長官と協議を行いました。
 アメリカの陸海軍トップが日米戦争を望まないのと同様、来栖と野村も日米戦争を望まず、「アメリカが石油禁輸を解除するなら南部仏印から直ちに撤兵し、日中の和平がまとまれば仏印から完全に撤退する」と同意します。
 この会談から前述の暫定協定構想が具体化していったのですが、ホワイトは直ちにこの案を潰しにかかりました。モーゲンソー財務長官の名前を使ってルーズヴェルト大統領を動かそうとしたのです。
 モーゲンソー財務長官からルーズヴェルト大統領に提出するメモの文案を「誰から頼まれたわけでもないのに」作成したのです。ホワイトが書いた文案には次のように記されていました。

 ご予定が詰まっている中で、このような急ぎの手紙を差し上げて申し訳ございません。
 昨夜届いた情報があまりにも心配で──何かの間違いだと望んでおりますし、そう信じてもおりますが──国際問題に関する閣下の指導力を深くご尊敬申し上げるがゆえに、昨夜来眠れずに心配しております問題について、恐れながらお耳を拝借したく存じます。
 大統領閣下、昨夜、合衆国政府内の人物らが英雄的な中国人民の大義を裏切り、民主主義の世界的勝利のための閣下の計画に致命的一撃を与えようとしているとの情報を得ました。私が聞いた話によれば、日本大使館の職員らは、「新体制」の大勝利を公然とひけらかしているとのことです。石油が、川のように滔々【とうとう】と、日本の戦争機関に間もなく流れ込んでくるのだと。
 極東の辱【はずかし】められた民主主義諸国、すなわち、中国、オランダ、イギリスは、外交的勝利によって奮い立たされ強められたファシスト連合とまもなく対峙することになると。──日本人たちはこう言っているのです。 『雪作戦(Operation Snow)』p.134

 日米戦争を回避するための「暫定協定案」の情報を摑んだホワイトが徹夜でこの文章を書いている情景が目に浮かぶようです。ルーズヴェルトを直接批判することは避けて、実に巧みに日本人への反感を煽っています。

 大統領閣下、私は、多くの誠実な人びとが、今こそ極東版のミュンヘン会談が必要だと考えていることを承知しております。
 しかし、私がこの手紙を書いておりますのは、世界中の何百万人という人びとが、私と同様に、我々すべての生命および我々すべての自由への脅威を乗り越えて、この苦しんでいる世界を閣下が勝利に導いてくださることを確信しているからです。
 中国を血まみれの金貨三十枚で敵に売り渡すことは、我が国の極東政策に加えて欧州政策をも弱めるのみならず、ファシズムに対する偉大な民主主義の戦いにおいて、アメリカの世界的な指導力のまばゆい輝きを曇らせることでありましょう。
 大統領閣下、今日というこの日、国全体が、閣下が我が国の聖なる名誉のみならず我が国の力を救ってくださることを注視しております。
 もちろん、私は完璧に確信しておりますが、もしこのような話が本当であり、もし国際問題に関して閣下が宣言された政策を破壊しようとするアメリカ人がいたならば、閣下は必ずや、このような新しきミュンヘン会談を回避してくださることでしょう。(同、p.134)

 ミュンヘン会談というのは一九三八年、チェコスロバキアのズデーテン地方の帰属問題を解決するために行われた英独仏伊の首脳会談で、ヒトラーに対して宥和的【ゆうわてき】協定だったとして批判されています。
「極東のミュンヘン会談」は、日米交渉をミュンヘン会談になぞらえて、暫定協定締結は、「ナチスと同様ファシスト国家である日本に対して宥和的である」とホワイトは示唆しているわけです。
「血まみれの金貨三十枚」は、キリストの弟子のユダが銀貨三十枚でキリストを売ったという新約聖書のエピソードを意味しています。銀貨を金貨に格上げしたのは単なる間違いか、強調するためだったのかわかりませんが、日本との暫定協定交渉がキリストを売るのと同じだというレトリックであり、裏切りを非難する言葉遣いとして、キリスト教文化圏では最大級の激しい表現です。

 文章のあちこちでルーズヴェルトに歯の浮くようなお世辞を使いながら、このような激烈な表現を挟み込むのはうまいやり方です。

野村吉三郎駐米大使

(『日本は誰と戦ったのか』より構成)

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江崎 道朗

えざき みちお

評論家。専門は安全保障、インテリジェンス、近現代史研究。



1962年生まれ。九州大学卒業後、月刊誌編集、団体職員、国会議員政策スタッフなどを経て、2016年夏から本格的に評論活動を開始。月刊正論、月刊WiLL、月刊Voice、日刊SPA!などに論文多数。



著書に『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(PHP新書)、『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』(祥伝社新書)、『マスコミが報じないトランプ台頭の秘密』(青林堂)、『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾』(展転社)ほか多数。



 


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