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なぜ政治家は顔で判断されるべきなのか?【中野剛志×適菜収】

「小林秀雄とは何か」中野剛志×適菜収 対談第2回

 

ニッコロ・マキャベリ(1469-1527)、政治思想家

 

■人間は政治的動物である

 

中野:小林秀雄がしきりにその頃に書いていたのが、人間の「獣性」についてです。アリストテレス以来、人間は「政治的動物」と言われますが、小林はむしろ「動物」の方を強調している。人間というものは、集団を構成して集団行動をとらないと生きていけない。しかしながら、集団行動をとるときにいかに獣的なものになってしまうか、つまり人間性を失ってしまうかということをしきりに書いているんです。だから小林は政治から目をそむけたということではなくて、人間はそういう獣的なものに陥りがちなんだけれども、その一方で、政治ってものをやらないと生きていけない。そこでどうするかということについて論じていたのです。それは、言葉では表しにくいことだけれど、それを書こうとしてるから、小林の文章は難しく見えるのでしょう。

 繰り返すと、人間は集団的に行動しなきゃいけないんだけれども、放っておくとほんとに動物的になって人間性を失ってしまう。だからどこで踏みとどまるかということ。そういう一番言いにくいところを小林は書いている。言い方を変えると、ストライクゾーンぎりぎりを狙ってボールを放っている。その投球術はすごく難しい。そのボール・コントロールの妙こそが、小林のすごいところなんですね。

 

適菜:「獣性」というのは大事なキーワードですが、簡単に言えば社会学の定義でいう「大衆」ですね。それは近代の負の側面とも言えるわけで、近代の内部でそれを批判するのは「投球術」「フォーム」といったものが必要になると思います。

 

中野:小林がマキャベリとかに関心を示すのもその一点なんです。政治というものをやらなきゃいけない、集団というものをマネージしなきゃいけないんだけれども、集団の権力に呑まれて人間性を失わないようにするにはどうしたらいいかという難しさについて、小林はずっと書いていているんです。面白いことにそういう難しいことを考えてきた人物についてばかり書いている。プラトンとかペリクレスとかマキャベリとか。

 もっとも、そういう昔の政治学の偉人たちの書き残したものは、現代のわれわれからすると、凡庸というか退屈に見えるわけですよ。

 ある意味、小林も、言われてみればそんなことは分かってるよ、って言いたくなるような事をああでもないこうでもないって書いているのかもしれない。要するに概念とかで綺麗に、鮮やかに書くことをしていない。ひと昔前の、まあ最近でもいるけど、若いインテリがやるような、スマートな概念で世の中を分からせるような鮮やかさが小林にはないわけですよ。例えばマキャベリのような、煮ても焼いても食えないような難しい人物のことを書いたりしている。マキャベリを退屈だと思っていたが、退屈だと思うことが自体、政治観が歪んでいるのだ。そのことに小林自身が気づいて反省してるんですよね。

 戦後、小林は福沢諭吉を極めて高く評価してたんだけど、若い頃に福沢諭吉の『福翁自伝』を読んだ際は、「面白い人だ。非常に面白いけれども、『福翁自伝』の他は読みたいという気にはならなかった」みたいなことを言っていた。小林自身が成熟したり、あるいは読み直したりすることによって、「退屈だと思ってたら、こんな深いこと言ってたのか」と後から気づいて感動してるんですよね。そういうことをじつに素直に書いている。彼の全集を前から読んでいくと、それが分かって、非常に面白かった。

 

福沢諭吉(1835-1901)、啓蒙思想家、教育者、著述家

 

適菜:マキャベリのその本なんでしたっけ? たしか小林が中国かどこかに旅行するときに持っていったんですよね。

 

中野:『ローマ史論(ディスコルシ)』です。読んでいて「これは面白い」と率直に感動している。『ローマ史論』とか、あるいはギリシャ古典とかを、退屈だとか、つまらないとか思ってしまうことそれ自体がすでに近代に毒されているというわけです。

「小林秀雄は何を言っているのかわからない」とか、「何が面白いのかわからない」と言われているんだけれど、よく読むと、こうとしか言いようのない大事なことを書いているんです。

 世間の人は、重要なことは、なんか非常に鮮やかで面白いことだと思っているのかもしれないんだけれど、実は、大事なことは「そんなことは分かっている」と言うべきようなことの中に潜んでいるものです。しかし、それを「そんなことは分かってる」と言ったらおしまいです。大事なことを繰り返されたら、「そんなことは分かってる」などとせせら笑う利口者が一番だめですね。

 

 

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中野剛志/適菜収

なかの たけし/てきな おさむ

中野剛志(なかのたけし)

評論家。1971年、神奈川県生まれ。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“TheorisingEconomicNationalism”(NationsandNationalism)NationsandNationalismPrizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『日本経済学新論』(ちくま新書)、新刊に『小林秀雄の政治哲学』(文春新書)が絶賛発売中。『目からウロコが落ちる奇跡の経済学教室【基礎知識編】』と『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)が日本一わかりやすいMMTの最良教科書としてベストセラーに。

 

 

適菜収(てきな・おさむ)

作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、最新刊『コロナと無責任な人たち』(祥伝社新書)など著書40冊以上。「適菜収のメールマガジン」も配信中。https://foomii.com/00171

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