なぜ今「カミュの死生観」が心に響くのか?【呉智英×加藤博子】
呉智英×加藤博子の「死と向き合う対話」
変異株の新型コロナの感染も第4波の白波が見えてきた。コロナ禍以降、カミュの『ペスト』が話題になり、再びベストセラーになって1年が経過した。カミュの作品には、その物語が浮かび上がらせる彼自身の死生観が見える。なぜ今、カミュの死生観を学ぶべきなのか? 古今東西の名著を紐解き、死を語り尽くした書『死と向き合う言葉――先賢たちの死生観に学ぶ』(KKベストセラーズ)が「死生観」ジャンルでベストセラーランキング第1位にもなった著者の評論家・呉智英氏と文学者・加藤博子氏が、カミュの作品を通して語りあう。
■カミュ『異邦人』
加藤:私は死生観の考察を深めるにあたって、物語として哲学的な問題提起をしている人たちの作品をいくつか挙げてみたいと思います。出来事の流れの中で描かれる生と死を見つめることで、人のさまざまな想いを実感として受け取ることができるし、また一方で人々の行動や気持ちを傍観し、客観的に議論することもできるからです。
呉:うん、面白そうだ。
加藤:最初はアルベール・カミュ(1913~60/小説家・哲学者)です。彼はフランス領アルジェリアに生まれ、46歳の時に交通事故で亡くなっています。哲学士称号論文は「キリスト教形而上学とネオプラトニズム」。アマチュア劇団で、演出や脚本を担当。新聞記者でした。そして1957年に「この時代における人類の道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要な文学的創作活動に対して」、ノーベル文学賞が贈られています。
呉:『異邦人』『ペスト』『シーシュポスの神話』『太陽の讃歌』『反抗の論理』『幸福な死』……。俺も中学、高校、大学と、ほとんど読んでいます。
加藤:カミュは、価値観を共有できない世間との摩擦の中でも自分自身を手放さない強さを、不条理として受けとめて表現した人だと、私は思っています。周囲への違和感をやり過ごすことのできない自分と、世間の常識とを対峙させていく。常識との闘いということになるわけです。多くの人々が難なく受け入れていることが、自分には何が何やら意味がわからず、受け入れなきゃならない理由も飲み込めない。そこで自分の判断で行動すると、不思議がられたり、嫌われたり、あげくに裁かれてしまう。
「今日、ママンが死んだ」と始まる『異邦人』の主人公ムルソーは、法廷で、アラビア人の殺害ではなく、母親の死を普通に悼む行動をしなかった罪を問われていきます。弁護士は、母親の死が悲しかったかとムルソーに問う。そんなことを聞かれて、ムルソーは戸惑うのです。
「弁護士は、その日、私が苦痛を感じたかと尋ねた。この問いはひどく私を驚かせた。もし私が誰かにそんな質問を呈さなければならぬとしたら、ひどく困ったろうと思われた。けれども、私は自問するという習慣が薄れてしまっているから、ほんとのところを説明するのはむずかしい、と答えた。もちろん私は深くママンを愛していたが、しかし、それは何ものも意味していない。健康な人は誰でも、多少とも、愛する者の死を期待するものだ。すると、弁護士は、ここで私の言葉をさえぎり、ひどく興奮した風に見えた。そんなことは、法廷でも、予審判事の部屋でも口にしない、と私に約束させた」。
お母さんが死んで悲しいですかと質問する弁護士のほうが異様なのに、説明するのは難しいと答えてしまうムルソーのほうの立場がどんどん悪くなっていく。
呉:そう、衝撃的に始まるね。奇妙な主人公、異様な言動。でも、それがなぜかリアルで読者を戦慄させる。
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[caption id="attachment_896925" align="alignnone" width="1276"] 呉智英×加藤博子著『死と向き合う言葉:先賢たちの死生観に学ぶ』(KKベストセラーズ)が絶賛発売中。Amazon(死生観ジャンル)売れ筋ランキング第1位(2021.3.13)。[/caption]