モオツァルト、宮本武蔵、イチローはなぜ凄いのか?天才が気づいていること【中野剛志×適菜収】
「小林秀雄とは何か」中野剛志×適菜収 対談第3回
■なぜイチローのファンになったのか?
中野:『考えるヒント』に野球の話が出てきます。昔、豊田(泰光)という大打者がいたじゃないですか。その豊田が「俺はスランプだとか言ってる若いやつはバカだ」と言っていたという話は非常に面白い。体は、頭で考えている通りに動かない。「頭が理論で、体が実践だ」とみなし、「理論に従って実践が動いてる」と思っている人には分からないだろうけど、頭と体、理論と実践は、本当は密接不可分なもので、野球の名選手は、訓練と経験を重ねることによって、頭と体を密接不可分にしようと努力している。
適菜:陽明学でいう知行合一ですね。
中野:これが凡人には難しい。スランプというのは、頭と体、理論と実践がずれることなんですね。そういう豊田選手の話を小林は非常に面白がっている。そして、「そんなこと言ったら文学者の俺なんてしょっちゅうスランプだ」と言っているんです。それはまさに、切籠細工のように、こうじゃないああじゃないって文体を工夫している姿なんですよ。
大打者というと現代ではイチローでしょう。5年くらい前にイチローが元プロ野球選手で解説者の稲葉篤紀と対談したのをテレビで見たことがあります。まだ現役でアメリカでプレーしていた頃です。イチローはグラウンドで座り込んで対談しているんだけど、休まず手首や首を回したりトレーニングしながら受け答えしてるんですよ。そのときに非常に面白かったのは、トレーニングに最短の道はあり得るかという話題になったら、イチローが「無理だと思う」と強く否定。そして、トレーニングの知識ばかりがあってもダメで、遠回りや失敗の経験がないといい野球選手にはならないという話をした後、ボソッと「合理的な考え方って、僕すごく嫌い」と(笑)。その一言で、私はイチローのファンになってしまったんですよ。
適菜:いい話だなあ。
中野:そうでしょ。やっぱり、どんな分野でも、道を極める人ってすげえなと思って。「合理的な考え方って、すごく嫌い」の一言で「イチローは偉大だ」と感動しました。
適菜:頂点を極めた人間はそういうことに気づくんでしょう。
中野:そうなんです。言うことはみな同じなんです。イチローもたぶん、宮本武蔵と同じで、体の動きのことばっかり考えてたんでしょうね。
適菜:小林は「眼高手低」についてこう述べています。《それは、頭で理解し、口で批評するのは容易だが、実際にモノを作るのは困難だといったほどの意味だ、とはだれも承知しているが、技に携わる人々は、技に携わらなければ、決してこの言葉の真意は解らぬというだろう。実際に、仕事をすれば、必ずそうなる、眼高手低という事になる。眼高手低とは、人間的な技とか芸とか呼ばれている経験そのものを指すからである》(「還暦」)
バットの芯に球をあてるのも手の技です。それには球の動きを見なければならない。クロード・モネも理論が嫌いで、印象派とカテゴライズされるのに困惑していました。小林は《モネは、印象主義という、審美上の懐疑主義を信奉したのではない。 持って生まれた異様な眼が見るものに、或は見ると信じるものに否応なく引かれて行ったままであろう。どんなに強い意識を持とうと、又、これによって論理的な主張をしようと、その通りに仕事ははこぶものではあるまい》(「近代絵画」)と言います。
中野:印象派って言う奴の印象が悪いって(笑)。
適菜:合理じゃ頂点を極められないんです。概念化・言語化される過程で取捨選択が行なわれている。言葉で伝達できない領域がまさにそれです。近代人は傲慢だから「話せばわかる」というけど、話したって伝わらないことは山ほどあります。その領域を伝えるのが師弟関係であり、それを身に着けるのが修業であったり、イチローの例でいえばトレーニングですよね。
中野:それで言うと長嶋茂雄の言うことって皆ギャグにしてますけど、長嶋は教えるのにオノマトペっていうんですか、「ブワーっと」とか「ガーッと打つ」とか、そんなことばかり言って、何言っているんだか分かんないらしい。だけど、それを言葉で合理的に教えるっていう発想自体が、もう間違いなわけです。だから、一流は一流を知るから、松井秀喜はほんとに長嶋のことを尊敬してますよ。長嶋と松井は、ほんとの師弟関係らしいじゃないですか。
適菜:どうやったら泳ぐことができるかは、言葉では説明できない。とりあえずプールに行って、水の中に入って、慣れないと始まらない。水の中でジャバジャバしてるうちに、泳ぐということを体が理解する。だから「ジャバジャバ」なんです。長嶋茂雄と同じ。
中野:保守思想家のマイケル・オークショットやマイケル・ポランニーも、同じことを言ってますね。料理っていうのは、料理本を読んで作れるもんじゃなくて、料理を実際に作って体得しないとだめなんだ、とかね。自転車に乗るのも、そうですよね。そういう実践して体得する暗黙知を非常に重視している。その暗黙知を体得するには、型をマスターするしかないんですよ。だから、野球とか相撲なんかがそうですけど、ああいう「型」重視のスポーツというのは、やっぱり面白いなと思う。アスリート達は本能的に型が大事だと知っているから、型を極めようとしている。
私の分野で言うと、政治学とか経済学とか、あるいは政治とか経済政策とか、そういったものも本来は同じだと思うんです。理論のとおりに一律に政策を執行するのではなく、環境や状況に制約された中で具体的な政策実践の工夫を積み重ねるべきで、その政策実践を通じて理論を体得すべきなのです。だから、じつは政治とか経済政策とかいうものはね、もっとスポーツみたいに考えるべきで(笑)。
適菜:先ほど少し言いましたが、理論を現実世界にあてはめればうまくいくという発想が間違っているのは、歴史が証明していますね。ロベスピエールもポル・ポトもそうですが、インテリのマッド・サイエンティストみたいなのが、すぐに「理性的判断」などと言い出す。思い上がりもはなはだしい。
コーヒーの香りですら言語では説明できない。しかし、言語や概念だけで世界を解釈できるというのが近代的な妄想です。逆に言えば、言語化できない領域を切り捨て、数値化し概念操作した結果が「近代」です。こうした近代のシステムの暴力を指摘したのが小林や保守主義者であったとしたら、近代人はそれを理解できないわけです。だから小林を扱った評論も愚にもつかないものが多いのですね。
中野:まさにそういうことです。
(第4回につづく)
著者紹介
中野剛志(なかのたけし)
評論家
1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“TheorisingEconomicNationalism”(NationsandNationalism)でNationsandNationalismPrizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『日本経済学新論』(ちくま新書)、新刊に『小林秀雄の政治哲学』(文春新書)が絶賛発売中。『目からウロコが落ちる奇跡の経済学教室【基礎知識編】』と『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)が日本一わかりやすいMMTの最良教科書としてベストセラーに。
適菜収(てきな・おさむ)
作家
975年山梨県生まれ。作家。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』、『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)など著書40冊以上。「適菜収のメールマガジン」も配信中。https://foomii.com/00171