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イギリスはなぜEU離脱を決めたか?英国人ジャーナリストに聞く

「ブレグジット」にまつわる5つの疑問。コリン・ジョイス氏に聞く。

イギリスのEU離脱「ブレグジット」(Brexit。Britain【英国】とExit【脱出】をかけあわせた言葉)がいま議論になっている。そもそもなぜこの動きが起きたのか? それによってイギリスは分断されたのか? 英国人ジャーナリストのコリン・ジョイス氏に5つの質問をぶつけた。

Q1.ブレグジットの“きっかけ”は? 

■前首相の「きまぐれ」?

 

 答えは一つではない。(ブレグジットに反対する)残留派の中には、当時のデイビッド・キャメロン首相の独断があったと言う人もいる。彼は自分がいた保守党内部のEU懐疑派を黙らせ、保守党への投票のさまたげとなっていたイギリス独立党(UKIP)の存在感を消すために“残留/離脱”国民投票を勝手に決めてしまった、と。私の友人は、すべてはキャメロンの一度の気まぐれから始まってしまった、と言っていた。ありえない悲劇的な見当違いだ、というのが彼の考えだ。

 しかしそうした意見では重要な前提が見過ごされている。その前提とは、そもそもイギリス国民の大多数が“ヨーロッパプロジェクト”に大きな疑問を抱いていたという事実だ。数百万ものイギリス人が「EUは抱えている問題をほとんど舵取りできていない」「長い間、自分たちが考える方向とは別の道に進んできた」といった不安をいだいていなければ、キャメロンの気まぐれも問題にならなかった。

■根本にあるのはEU拡大がもたらす様々な不安

(ブレグジットに賛成する)離脱派の人は、大きな“きっかけ”は1992年のマーストリヒト条約だったと言うかもしれない。この条約はEEC(欧州経済共同体)の発展に伴って結ばれ、現在のEU(欧州連合)につながるものとなった。この時点では、イギリスの人たちはEECに加入することができて、とても喜んでいた。

 しかしその後EUの主権は強くなり、ブリュッセルが成長し存在感を増していった。さらに“人の移動の自由”という大きな問題。これらが出てきたのだ。いまの状況は欧州司法裁判所(ルクセンブルクにあるEUの機関)がロンドンの最高裁判所の上に位置しているようなものだ。それぐらいの劇的な変化がおきた。一般的なブリトン人は、自分の国に来て住みたいと思うEU市民の入国を拒むことは一切できないということに気づいて、率直に驚いた。わたしたちは主権の大部分を失い、国境の管理を諦め、ほとんどコントロールできない組織の支配下に置かれている感覚だった。

 もうひとつ大きかったのは、1980年代にEUの加盟国が12カ国から28カ国まで拡大したこと。これはそれまでの加盟国よりはるかに貧しい東ヨーロッパの国々の加入が認められてのことだ。かつてEECは、“富裕層クラブ”と言われ、豊かな国々がお互いの利益でつながるような組織で、常に批判の的だった。

 しかしEUの拡大はまた違う問題を生み出した。ラトビア、ポーランド、ルーマニアといった国からの労働者が、大挙してイギリスをはじめとする豊かな国々へと押し寄せ、それらの国の人達と仕事を奪い合うようになったのだ。こうした最低賃金でよく働く労働者の出現は経営者にとっては素晴らしい恵みだ。しかし、イギリス人労働者にとってはそうではない。そうした“低賃金の仕事”が夢だった(自国で得ることのできる賃金よりもかなり多い金額)労働者たちが絶え間なく流入することは、自分たちがさらに低賃金に追いやられてしまうことを意味するからだ。

 今回、イギリスがブレグジットに動いた背景には、こうしたEUの拡大に対する国民の不信感があった。

次のページQ2.ブレグジットに賛成した人、反対した人の違いは?

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コリン・ジョイス

1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。 92年来日し、高校の英語教師、『ニューズウィーク日本版』記者、 英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。 07年に渡米し、10年帰国。 著書に『「ニッポン社会」入門』、『「アメリカ社会」入門』、『「イギリス社会」入門』、『驚きの英国史』(NHK出版)、 『新「ニッポン社会」入門』(三賢社)など。近著は、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版)。


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  • コリン・ジョイス
  • 2018.01.08