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古代ローマ哲人が考える「もっともよい復讐の方法」とは?

天才の日常~マルクス・アウレリウス篇

 マルクス・アウレリウスは在位期間の多くの日々を戦争に明け暮れ、遠征軍の戦陣で過ごした。当時、ローマ帝国の版図は、東は黒海沿岸、シリアまで、南はエジプト、アフリカ大陸の地中海沿岸まで、西はイベリア半島全土、北はフランスからドーバー海峡を超えてイギリス中部のあたりまで、極めて広大なものとなっていた。

 国境が広ければそれだけ戦争の危機も増えてしまう。それ故、マルクス・アウレリウスは皇帝として東方シリアのパルティアとの戦争や、北方のゲルマン人との戦いに費やしていたのである。

 本来、マルクス・アウレリウスは戦争を嫌っていた。少年時代からギリシア哲学を愛好し、哲学者になって書斎で静かに書物を読み耽ったり、執筆をしたりする生活に憧れ続けていた。平和と文化を愛好する彼からすれば、皇帝として戦争に明け暮れなければならなかった日々は、さぞかしストレスが溜まるものだっただろう。

 遠征先の陣中では、時に非衛生的で、血気盛んな指揮官や兵士に囲まれていたのではないだろうか。『自省録』には次のような言葉も書き記されている。

 “腋臭のある人間に君は腹を立てるのか。息の臭い人間に腹を立てるのか。その人間がどうしたらいいといのだ。彼はそういう口を持っているのだ、またそういう腋を持っているのだ。そういうものからそういうものが発散するのは止むをえないことではないか。”

 よほど臭い人が彼の周りにいたのだろう。彼もまた、皇帝や哲学者である前に一人の人間である。不快な人が身近にいれば、苛立ちや怒りを感じるのも当然である。

 だが、彼はストア派の哲学者として感情に心を乱されることのない「不動の心(アパテイア)」に至ることが人間にとって至上の目的と考えていた。だから、自分の心をかき乱すような、苛立ちや怒りの感情を理性によって必死に抑えようとしたのだ。

 別の箇所では、自分自身に対して次のように語りかけている。

 “他人の厚顔無恥に腹の立つとき、ただちに自ら問うてみよ、「世の中に恥知らずの人間が存在しないということがありうるだろうか」と。ありえない。それならばありえぬことを求めるな。”

 古代ギリシアの哲学者ゼノンによって創始されたストア派の哲学は、理性によって感情を制御し、静穏な心の状態を保つことで人間は「善き生き方」を送れるようになり、幸福になれると考える哲学である。

 
次のページ生じる乱れをなんとかして鎮めようとして苦悩する記述

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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