思考様式を体得し、対話を徹底することが大事【中野剛志×適菜収×小池淳司〈第5回〉】
神戸大学工学部100周年記念学内シンポジウム鼎談《第5回》【中野剛志×適菜収×小池淳司(神戸大学工学部長)】
■大学ランキングは、「らしさ」は基準になっていない
小池:先進国は、専門的な知識を母国語で教えることができます。今日も、教育はダイアログ、対話だという話がありました。日本語で専門知識を教えることと、英語で教えることと、ドイツ語で教えることはちがうわけですね、それは暗黙知のレベルでより顕在化します。だからこそ、発想もいろいろになって、科学は進歩する。これを、日本語の研究室を英語化しなさいとか、授業を英語化しなさいというのは、本質的なところで間違っていると思います。
英語教育はいいのですが、外国の学生を受け入れるため、日本人にも英語で教育しろと言われたら困る。僕はうるさいから、会議で抵抗していますが、皆さんも、少し考えいただきたい。なぜ私たちは、日本語で授業をしなければいけないのか。それは、対話だからです。概念の理解が、英語の概念とドイツ語の概念、日本語の概念が違うからこそ、研究の発展が見える。それこそ、パン屋を襲撃する大衆になりかねない。
適菜:オルテガの『大衆の反逆』ですね。「饑饉が原因の暴動では、一般大衆はパンを求めるのが普通だが、なんとそのためにパン屋を破壊するというのが彼らの普通のやり方なのである。この例は、今日の大衆が、彼らをはぐくんでくれる文明に対してとる、いっそう広範で複雑な態度の象徴的な例といえよう」。攻撃する方向を間違うと、自分たちの首を絞める結果になってしまいます。
小池:だから、国際競争力が弱いから英語教育が必要というのは、違う方向に進んでいる気がします。適菜さんとは、いつもこういうことをしゃべってるので……。皆さん、柔らかいことでも結構ですので、他に質問はありますでしょうか?
参加者:大変貴重なお話をありがとうございました。今後、神戸大学が、工学部が生き残っていくときに、神戸大学らしさを見つけたほうがいいという話が出てくるんですが、中にいると、なかなか、その「らしさ」に気づかないということがあります。それを、どういうふうに作っていったら、構築していったらいいのかなと悩む部分もある。工学部という組織だけじゃなくて、人に対しても同じです。「君らしさは、なんなんだ」みたいな話です。両先生から見たときに、その「らしさ」の気づき方だったり、作り方みたいなものがあれば、コメントをいただければというふうに思います。
適菜:このシンポジウムが始まる前に、中野さんがこの大学の控室に入ってきて、最初に指摘したのは神戸大学の美しさでした。建物も素晴らしいし、空気も違うと。先ほどの話のついでに言えば、京都で一泊した後は、大阪で一泊したんです。そのとき、大阪の人には申し訳ないけど、空気が汚れていると感じました。大気が汚染されているという意味ではありません。維新臭がした。この空気という非科学的なものは、バカにできないところがあると思っています。
私は2015年の大阪の「都構想」という名の大阪市解体を目的とした住民投票に反対していたのですが、取材をするために大阪に行ったら、新幹線から降りた瞬間に「悪の匂い」がしたんですね。なんばの高島屋前で橋下徹と松井一郎が街宣をしていたのを見たときは、腐臭により、気が遠くなった。先ほども言いましたが、匂いは言語化できません。だから言葉では説明できない。でも、言葉で説明できなくても、我々はそれ以上のことを知ることができる。
先ほど中野さんが紹介してくださったマイケル・ポランニーの言葉「we can know more than we can tell」です。小池先生がおっしゃったことも、そういうことだと思うんです。母国語の微妙な使い回しであったり、口調であったり、そういうことが大事であるということです。工学にはこうした感覚が必要であると。そういうことに問題意識が強い小池先生が神戸大学にいると。それ自体が神戸大学の力でもあり、すごいことだと私は思います。
中野:適菜先生がおっしゃったのは、こういうことです。私は軽く道に迷いながら、3時頃に神戸大学に到着したのですが、道に迷ったおかげで、周辺を歩くことができた。私は関東人で大学も東京ですが、神戸大学は独特ですね。先生方は、ここでいつも教えておられるから、かえって素晴らしさがわからないのかもしれませんが、駅に着いたときから、街の雰囲気が違いますよ。サンフランシスコみたいな感じですね。こんな坂を登るんだと思って、登っていくと、ケーブルカーがあるという表示がある。その途中に大学があった。あ、ここに大学があるんだと思って下を眺めて見ると、港が見えるわけです。何もないところから、設計主義的に大学を作ろうとしたら、こんなところには作りません。たたずまいに伝統を感じるわけですよ。だから、外から来た人が見れば、「らしさ」は十分にあります。
大学ランキングでは、「らしさ」は基準になっていない。「らしさ」は、ランク付けするものではないからです。いろんな大学が立地する地域のエコシステムの中にあって、いろんな個性を発揮しているはずです。それは、先ほど適菜さんは時間だとおっしゃいましたが、時間に加えて、場所ですね。その場所に長くいることです。神戸に100年存在したということは、圧倒的なアドバンテージです。それを守ればいいだけです。「らしさ」を見せないと学生が来てくれないと苦しんでる大学に比べれば、神戸大学はうらやましいくらい、圧倒的なアドバンテージがありますよ。先ほどの研究室の伝統もそうですが、文部科学省とか産業界とか何を言おうが動揺せずに、そんなことは知ったことかといって、この伝統を受けついていけばよろしいのではないでしょうか。
小池:ありがとうございます。僕も神戸大学に赴任して10年ですが。毎朝、正門を入った瞬間からこの空間はちがうし、世間とはちがうという雰囲気があるんですね。それが大学だと思います。今日も、職員の方も、大勢来てもらっていますが、ここで働いてることを誇りに感じてもらいたいし、それに資する大学というのは、条件的にそろっています。それに変な改革をしている大学に負けたとしても、神戸大学はまだまだ体力はある。だから、もう少し自由に安心して研究とか教育ができる環境になればとふだんから思っています。時間を過ぎてきましたので、そろそろ終わりたいと思います。ここで拍手をもって終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
(了)
<登壇者プロフィール>
■中野剛志(なかの・たけし)
1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『変異する資本主義』(ダイヤモンド社)など。『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』、『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』、『楽しく読むだけでアタマがキレッキレになる 奇跡の経済教室』(KKベストセラーズ)は大ロングセラー中。また適菜収との共著『思想の免疫力』(KKベストセラーズ)もある。最新刊は『奇跡の社会科学 現代の問題を解決しうる名著の知恵』(PHP新書)が絶賛発売中。
■適菜収(てきな・おさむ)
作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、『安倍でもわかる政治思想入門』『安倍でもわかる保守思想入門』『国賊論 安倍晋三と仲間たち』、『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』、中野剛志との共著『思想の免疫力』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、『コロナと無責任な人たち』『ニッポンを蝕む全体主義』(祥伝社新書)など著書50冊以上。最新刊は『日本をダメにした 新B層の研究』(KKベストセラーズ)が絶賛発売中。「適菜収のメールマガジン」も配信中 https://foomii.com/00171
■小池淳司(こいけ・あつし)
神戸大学大学院工学研究科長。1992年岐阜大学工学部土木工学科卒業。1994年岐阜大学大学院工学研究科博士前期課程修了(土木工学専攻)。岐阜大学助手。1998年長岡技術科学大学助手。1999年博士(工学)(岐阜大学)。2000年鳥取大学助教授。2007年鳥取大学准教授。2011年神戸大学大学院工学研究科教授。主な著書に、『ようこそドボク学科へ!』(学芸出版)、『Policies to Extend the Life of Road Assets』(International Transport Forum,OEC)、『社会資本整備の空間経済分析』(コロナ社)、『インフラを科学する–波及効果のエビデンス』(中央経済社)、『価値創造の考え方:期待を満足につなぐために』(日本評論社)などがある。
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