AV女優を引退するときにスタッフに言われた “忘れられない言葉”【神野藍】連載「私をほどく」第4回
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第4回
【いま私が後悔していること】
今日も長い撮影になりそうだ。現場に入ると不思議と気持ちがすんなりと「渡辺まお」に切り替わって、いつもの私よりも少し声色とテンションが高くなる。スタジオですれ違った人に「おはようございます」と声をかけながら、メイクルームへと向かう。
現場での流れは大体決まっていて、着いてすぐにバスローブに着替え、メイクをしてもらう。その後に契約書を取り交わす(このあたりの順序は状況に応じて変わることもある)。それが終わるとシャワーを浴びて、撮影がスタートする。香盤表に沿って全てのシーンを撮り終えればついに帰宅だ。
私が所属している事務所は自力で帰るのが基本であったが、現場の終了が遅いときはメーカーや制作会社の人が家まで送り届けてくれることもあった。今日もそのパターンで、家に到着したのは24時をまわっていた。送ってくれたスタッフにお礼をして、エントランスに入る。階段を駆け上がり、部屋のドアを開けるとピノがしっぽを振りながら飛びかかってきた。先ほどまで精神的にも肉体的にも疲労感がピークに達していたのに、無邪気に擦り寄ってくるこの子を見るだけで全回復しそうだ。手早く部屋着に着替え、そのままベッドに倒れこんだ。今日も頑張った。泥のように眠れそうだ。
色々な役になりきって、現実では起こりえないシチュエーションになぞらえたシナリオを再現するのは楽しかったし、刺激的だった。週刊誌のグラビアやネット番組、ラジオへの出演など色々なことに挑戦できたし、一年経たずにそこまで経験できるのは誰もができることではないので有難い限りであった。
ただ、いま後悔しているのは、気持ちが揺らいでしまうほど仕事をいれなければよかったということである。あの頃はとにかく必死であった。注目されている分、結果を出して輝いているAV女優にならなくてはいけなくて、チャンスとなり得るものすべてかき集めようとしていた。いくら「楽しいな」「好きだな」と思う仕事でも、根を詰め過ぎればそのうち心身のバランスを崩してしまうことは明らかであった。
渡辺まおとしての、活動限界、あくまで私自身が考えるという前提だが、身体的にも精神的にも女優として活動できる限界総量は決まっていて、受ける仕事内容によって違うものの、そのゲージは減少の一途をたどると思っている。だからこそ、仕事量や内容をコントロールしつつ、うまく仕事と付き合いながら、それが底尽きないようにしていかないといけないはずであった。
引退するときに業界歴が長いスタッフに言われた言葉が心にこびりついて離れない。
「渡辺まおはもっと長く活動できるはずだった。今言っても仕方がないけれど、もっとうまく仕事と付き合えていれば、と思うよ。」
(第5回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定
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