岸見一郎・独占インタビュー「親が『どうにかして子どもを学校に行かせよう』と思うのは間違いです」
アドラー心理学の第一人者が語る、幸せに生きるために働くことのヒント 第5回
「アドラー心理学」という言葉を、最近知ったという人は多いだろう。オーストリアの心理学者・精神科医であるアルフレッド・アドラー(1870-1937)は、海外ではフロイト・ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称されるほどメジャーな存在である。平易な言葉で説かれるシンプルな理論は当時から人気があり、現代に至るまで多くの思想家や実業家に影響を与え続けている。
アドラー関連の一般書が初めて出版されたのは、1999年(『アドラー心理学入門』岸見一郎、KKベストセラーズ)。その後、翻訳本が次々と出版されるが、ブームのきっかけは2013年、『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎・古賀史健、ダイヤモンド社)が大ヒットしたことだ。以後、アドラー関連本が急増し、アドラー心理学の名をメディアでもよく目にするようになった。そんななか、第一人者である岸見氏が新たに『アドラーに学ぶ よく生きるために働くということ』(岸見一郎、KKベストセラーズ)を著した。
誰もが関わりのある「働く」という問題に、アドラー心理学はどのような答えを出すのか? 「よく生きるために働く」とは、どういう意味なのか?
働くことを楽しく思えない人、働けないことに悩んでいる人、上司や部下との関係に悩んでいる人。彼らが「よく生きる」ためのヒントを、岸見一郎氏に語ってもらった。
アドラーブームに警鐘を鳴らす
―前回は、アドラーブームの中、アドラー心理学を誤解している人も多いというお話しでした。それはアドラー関連本の影響もあるのでしょうか?
率直に言うと、「アドラー」という名前さえ付ければ売れる、という考えで作られた本が多いように感じます。それと言うのも、アドラー心理学には大きなパワーがあるからです。たとえば、アドラーの子育てに関するアドバイスを実践すると、1か月後には見違えるような良い子になる、ということが起こり得ます。それを「使えるもの」と考えて、あたかも子どもを操作できる心理学であるかのような書き方をした「アドラー子育て書」があるのです。
―「アドラー心理学を使えば、子どもに言うことを聞かせることができる、やる気を起こせる」とうたっているわけですね。実際はどうなのですか?
アドラー心理学が他の心理学と違うところは、他人の課題と自分の課題を明確に区別すること。これを「課題の分離」と言います。たとえば、私がカウンセリングで「どうしたら子どもを学校に行かせられますか?」と聞かれたら、「それは子どもの課題だから、あなたができることはありません」と答えます。たとえ我が子であろうとも、本人の課題は本人にしか解決できない。親がやるべきことはない。これがアドラー心理学の立場です。
―なかなかシビアな答えですね。実際悩んでいる親たちは途方にくれてしまうのではないでしょうか?
はい、「子どもにまかせて」と言うと、「そんな、困ります」と親御さんは言います。けれど、困るのは子どもであって、親ではありません。そこで「じゃあどうすればいいんですか?」と聞かれたら、「我が子が学校に行かなくても気にならなくなる」「家にいる子どもと喧嘩をしない、仲良くする」にはどうしたらいいかという話をします。
―「子どもが学校に行かないことを気にする」のは、「親の課題」というわけですね。
親の課題を子どもに解決させることはできません。「あなたが学校に行かないと心配なので学校に行って」とはいえないということです。「子どもが学校へ行かない」「勉強をしない」などというのは、完全に「子どもの課題」です。だから、子どもがどうにかしなくてはならない。親が「どうにかして子どもを学校に行かせよう」と思うのは、アドラーの考え方とは遠く離れています。
―アドラー関連本のうち、「子どもに○○させる方法」などとうたった育児書は、根本的に発想が違うと言わざるを得ませんね。とはいえ、いざ自分の子どもが学校に行かなくなったとき、「子どもの課題だから」と何もせず見守るというのは、相当難しいような気がします。
本来子どもの課題を親と子どもとの共同の課題にできないわけではありません。でも、関係が良くなければ、子どもは聞く耳を持たないでしょう。たとえば、学校に行かないことについて、親ができることはないかとたずねることはできます。
しかし、子どもの課題については親が格別の援助をしなくても、自力で解決できると信頼できないといけません。そもそも子どもは親と対等な存在です。それなのに多くの親は、子どもを対等な存在と見られず、自分と別個の人間として切り離すこともできていません。たとえば、私がカウンセリングをしている最中に、子どもからの電話に出る親がいます。
「カウンセリング中に電話の電源は切りましょうよ」「だって、その間に子どもが死んだらどうするんですか」……。
―そんなこと、まずありませんよね。
そんなふうに密接になっている親子は、一度切り離さなくてはいけません。私はよく、そういう親に趣味を始めることをすすめます。親が子ども以外のことに熱心に取り組むようになると、子どもは自然と「自分でなんとかしなくては」と思うようになります。そして、子どもから「先生、僕(私)はどうすればいい?」と子どもが相談が来るようになるのです。