メジャーリーグへの切符を手に入れていた――山本昌がメジャーに行かなかったワケ
現役生活32年のなかで「メジャー」挑戦への思いはなかったのか? 衝撃の事実が。
Q.メジャーリーグに挑戦したいと思いませんでしたか?
そこまでの選手ではありませんでしたから。
球速だってそんなに速くありませんでしたし、私がアメリカ留学をしていた時期のメジャーリーグは別世界でしたから、考えもしなかったです。
これは88年のシーズンが終わった後、関係者から聞かされたのですが、どうやらメジャーリーグ昇格のチャンスがあったらしいのです。
でも、当時の私は23歳と若く「日本のプロ野球で活躍したい」と、その一心で努力してきましたし「日本で1勝もしていないピッチャーに何ができるのだろう」と想像もつきませんでした。だから仮に私の耳に直接メジャーリーグ行きの話があったとしてもお断りしていたと思います。
ただ、今の感覚で話すのであれば、もし、中日が80年代後半から90年代前半にかけての西武のように黄金時代を築けていたのなら、メジャーリーグ挑戦を考えたのかもしれません。
しかし現実の中日は、54年以来日本一を経験していませんでした。私が入団してからも、88年の日本シリーズで西武に負けましたし、94年の巨人との優勝決定戦「10.8」でも敗れましたから「絶対に来年こそ優勝してやる!」という意気込みのほうが強かった。
何より、中日にはとても大事にしていただきましたから、チームを離れることなんてできませんでした。
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