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第73回:「ギックリ腰」

<第73回>

3月×日

【ギックリ腰】

 

ギックリ腰になった。

某雑誌の取材場所に向かう前、編集さんとラーメンを食べ、じゃあそろそろ行きましょうかと席を立った瞬間、腰のうしろにズドン!と衝撃が走った。一瞬、後方から赤甲羅でもぶつけられたのかというマリオカート気分になったが、果たしてそれがギックリ腰であった。

「腰は身体の要」とは聞いていたが、腰がダメになると、本当に全身がダメになる。まず、まともに歩くことができない。「這いたい」と本気で思っている自分に驚く。それくらい、脚が地面の軸を捉えられない。本気で、這いたい。しかし、ここは天下の往来である。ガラパゴス諸島であれば這ってる動物ばかりだが、日本の道路で這ってる者などいない。「ああ、なんでここがガラパゴス諸島でないのだ」という特殊すぎる無念を抱きながら、そろりそろりと取材場所まで徒歩で向かうことにした。

そして、鈍痛に耐えながら取材をやり終え、編集さんの車で家の近くの治療院まで送っていただく。編集さんは僕の腰を気遣ってくれ、なるべく振動のないように運転をしながら、水を勧めてくれたり、降りる時にカバンを持ってくれたりした。僕はすぐに夭折する公家の子どもなのか。

治療院で鍼治療を受け、家へと牛歩の歩みで戻る。普段の歩みだと5分足らずの距離なのに、30分以上もかかってしまった。遅すぎる。もし僕がなんかしらのソフトウェアだとしたら、ユーザーはそろそろ買い替えを検討するだろう。もし僕が機関車だったら、古くからの付き合いの機関士が雑巾で僕のボディを拭きながら「スピードの時代に俺たちは必要ねえんだとさ…」などとこぼし最後に「鉄道博物館で第二の人生を歩んでみないか、って話があるんだが…」と苦しそうに提案してくることだろう。

この日は、〆切が集中している日だった。しかしこのギックリ腰を抱えていたのでは、仕事にならない。関係者各位に〆切を数日ほど伸ばしてもらえないか、相談のメールを送ることにする。

「非常に情けないのですが、本日、ギックリ腰になってしまい」

そうメールに打ち込んだところで、はたと手が止まった。

なんだろう、この「ギックリ腰」というネーミングに漂う、真剣味のなさは。

僕はいま、とても辛い。その辛さを先方に伝えたい。それなのに「ギックリ腰」という名称が、変な邪魔をしてくる。

「ギックリ腰」という響きには、「ビックリ箱」「ドッキリカメラ」「ホット湯〜とぴあ」に連なる、どこかふざけたニュアンスがある気がする。「ホット湯〜とぴあ」はいま自分が思いつきで造った単語だが、検索すればそんな名前のスーパー銭湯がたぶんいくつも出てくる気がする。

ああ、「ギックリ腰」よ。中身はハードなのに、パッケージがおもしろげな感じすぎないか。たまにそんなAV作品はあるけれども。

これは、よくない。辛い状況を知らせるために「ギックリ腰」と打ったのにも関わらず、相手は「なにがギックリ腰だよバカ野郎。愉快な名前の症状を辛がってるんじゃないよブックオフ野郎。ゴタゴタ言ってないで仕事しろよミラノ風ドリア野郎」などと怒り狂う可能性がある。よくない。実によくない。

すぐさま「ギックリ腰」で検索。

布団の中でダラダラと検索していてわかったことですが、岡山県に「湯〜とぴあ」という温泉があるそうです。

 

 

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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