第76回:「車 興味」
<第76回>
5月×日
【車 興味】
とにかく、車に興味がない。
オペラにも興味がないし、腕時計にも興味がないし、冬季五輪にも興味がないし、ポリネシアの風習にも興味のない自分だが、車への興味のなさは目を見張るものがある。
とにかく、車に対してはまったく心が動かない。
試しに、車に関連する単語をタイピングしてみよう。
CR-V
お気づきになられなかった方も多いと思うが、いま「CR-V」とキーを打っていた際の自分の目は、完全に死んでいた。特に後半の「V」を打っている際は、ほとんど連続殺人鬼みたいな血の通っていない目をしていた。それほどまでに、僕は車に対して興味がない。
なので、車の運転もほとんどしない。どうしても必要に駆られた際に、しかたなく家族の車を借りて運転することがある程度だ。それも三年に一度とかのペースである。なんのトリエンナーレなのだろう。
もちろん、運転技術などちっとも向上せず、向上させようとも思わない。
そんな感じで生きてきたのに、今日、「車の運転 上達 コツ」を必死にネット検索している自分がいるのはいったいどういうわけだろう。
僕ももう、いい加減に大人だ。興味がないと理屈をこねて車から逃げているこのスタイルも、そろそろ賞味期限である。それに最近は取材仕事で地方をまわることが多くなり、地方では圧倒的に車での移動が便利だ。そういった理由から、もうほんと嫌々ながらではあるが、車の運転というものに向かい合うことを決意した次第である。
しかし、運転関連のサイトを眺めているだけで、光速で頭がぼんやりとしていく。
そう、車に対して心の底から興味がないので、車のことを考えているだけで頭の中に靄がかかったようになるのだ。
思えば、生まれて初めて車を運転したときもそうだった。
18歳。全然必要とは思っていなかったが、親の強い勧めによって、普通自動車免許を取得した。
苦痛以外のなにものでもなかった教習場をなんとか卒業し、無事に免許を取得。翌日、父親の車を借りて路上での自主練を敢行した。
門を出て三秒で、ちょうど買い物から帰ってきた母親を、轢いた。
「発車して3秒で轢く」
なんかAVのタイトルでありそうな語感だが、大変なことである。
まあ、轢くといっても「ドンッ」とか「ボキッ」とか「グチャッ」などといったおどろおどろしい擬音が飛び出すような感じのものではなく、あくまで旦那さんが台所に立っている新妻のお尻を「ポンッ」と軽く叩くような、や~んタカシさんのえっちぃ~、といった感じのプリティな事故だったわけで、母親は無傷であった。
しかし当然、母親は僕に対して「なにを考えて運転していたんだ」と激高した。
なにを考えて運転していたんだと言われても、なにも考えていなかった。
そう、あまりにも車に興味がないため、ハンドルを握った瞬間、頭がボーっとしてしまったのである。そしてボーっとしたままアクセルを踏み、ボーっとしたまま母親を轢いたというわけだ。
しょっぱなからこういった自分の危険傾向が明るみになり、すぐに僕は車と疎遠になった。先述のとおり車とは三年に一度ほどのお付き合いとなり、そのたびに鳩を轢きかけたりガードレールに車体を擦ったりなどし、律儀に運転に対するコンプレックスを積み上げていった。
こうした自分の過去を思い返しているうちに、検索する手をふと止めた。
付け焼刃的な発想でネットから運転技術を身に着けようとしているが、そうではなく根本から治さなければいけないのではないか。
自分が車の運転を不得手としているのは、つまり運転中にボーっとしてしまうからであって、ではなぜボーっとしてしまうのかというと、車に対して興味が果てしなくないからである。
だから、まず、車に興味を持つところから始めないと、運転技術など向上するはずがない。
これは、素晴らしい気付きである。
では、どうやったら車に対して興味を持つことができるだろうかと、「車 興味」で検索をかけてみた。
色々とサイトを巡っているうちに、自動車に対して「性愛」を持っているイギリス人がいることを知った。
そのイギリス人は15歳の時にその「性愛」に目覚め、以来1000台以上の自動車と「関係をもった」そうである。
彼はガレージで裸になり、車体と肌とを密着させ、あとは読者のご想像におまかせしますといった具合に、丁寧に丁寧に自動車を愛するのだそうだ。
世の中にはこんなにも車に対して愛を持って接する人がいるわけで、それと比べると自分のこの車に対する興味のなさは実に恥ずべきことであると思ったかというと、ここまで車に興味を持ちたいとは思うわけもなく、素直に、ただ引いた。
そのサイトを読みながら、ああ車に対する興味っていったい何なのだろう、と思った。
あと、いろいろリンクを辿っているうちに「郵便ポストと性的関係をもった男、逮捕」のニュースまで出てきてしまい、こうなってくるともう車とかはどうでもよく、ああ人間っていったい何なのだろう、とも思った。
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