【藤田 田遺志伝承】福原裕一「日本マクドナルドで人材育成の大切さを学んだことが起業成功の要因でした」
稀代のイノベーターであり、大経営者であった日本マクドナルドの創業者藤田田の「遺志」はどのように若い世代に受け継がれているのか。ソフトバンクグループCEOの孫正義氏やユニクロ(ファーストリテイリング)の会長兼社長の柳井正さんはもとより、若い世代、特に日本マクドナルドに「クルー(バイト)」として働き、身をもって田さんの作った経営システムを学んだ若き経営者たちも外食産業には多い。
田さん自身からの指名を受け、自伝的評論をものした外食ジャーナリストの中村芳平が、田さんのDNAを継承する志に迫ります。
◼︎藤田田のDNAを継承する経営者たち
飲食業界には日本マクドナルド創業者の藤田田著『ユダヤの商法』を読んでやる気を起こし、独立開業した若手起業家が案外多い。そんな中の一人に居酒屋の(株)KUURAKU GROUP(千葉市美浜区)社長の福原裕一(55)がいる。焼き鳥チェーン店「くふ楽」といえば、一度は食べたり飲んだりした読者もいるかもしれない。まず、福原のプロフィールを紹介しよう。
1965年、横浜市出身。千葉県内の高校を卒業後、3年ほど花王株式会社にて工場ラインオペレーターを経験。日本マクドナルド株式会社では店舗管理に従事。25歳で友人と貿易会社を立ち上げるが失敗。その後、損害保険代理店に勤務し、31歳で焼き鳥居酒屋の店長に。友人の経営する焼き鳥居酒屋を業務委託で運営したのちに1999年、1号店となる「くふ楽 本八幡店」を創業。独自の人材育成メソッドをまとめた「『心の大富豪』になれば夢は叶う」など著書多数。
◼︎マックで学んだ成功の秘訣——アルバイトの戦略化
福原の場合は藤田著『頭の悪い奴は損をする』を読んで衝撃を受け、1987年22歳のとき「経営を学んで将来独立開業したい」と日本マクドナルドに転職、社員として店舗に2年7ヵ月勤めた。福原はこの時代に居酒屋事業の成功のポイントとなる人材育成のあり方をアルバイト(日本マクドナルドでは「クルー」という)から教えられた。福原はその教えを自らの店舗経営でも生かしたのである。
福原は言う。
「人手不足で、あるとき通常の採用基準より劣るレベルの高校1年生をアルバイトさんとして採用、バックヤードの倉庫片付けという役割を持たせました。ところが彼はやる気満々で17時の定時出勤の1時間近く前に出勤し、倉庫に入っていろいろ工夫しながら整理・整頓し1~2ヵ月もすると見違えるほど綺麗にしました。そこで別の役割を与えるとまた確実に成果を上げ、仕事の幅を広げて戦力になっていったのです。そのとき『どんな人であれ人は必ず成長したいと思って努力するのだということを、気づかされました。性善説というか、人は信頼して仕事を任せることが大切だ』ということを、そのアルバイトさんから教えられました」
ちなみに、日本マクドナルドは2019年度で全国約2900店舗展開、アルバイトである「クルー」は全国で15万人在籍するが流動的で、年間7万人採用している。アルバイトの支えがないと1日としてビジネスが成り立たないのだ。これは日本マクドナルドだけの問題ではなく、飲食業界はアルバイトの労働力で成り立っている。したがって、飲食業界で成功するためにはアルバイトをいかに戦略力化するかが、決め手になる。福原は日本マクドナルドの社員として店舗勤務する中で、いち早くアルバイトの戦略力化の重要性を悟った。これが福原が1999年に「くふ楽」1号店の本八幡店を創業し成功した最大の要因である。