『文庫X』仕掛け人 新人女性作家の挑戦作。自分ならここを売り出す
本のプロが読む、額賀澪『拝啓、本が売れません』(「さわや書店」長江貴士さん)
最近の例を出そう。
『終わった人』(内館牧子 講談社文庫)という本がある。さわや書店がある盛岡出身の主人公は、東京でエリートサラリーマンとして順調な会社員人生を歩んでいたが、もう一歩のところで取締役には届かず、最後は子会社への転籍を命じられ定年を迎える―というところから物語がスタートする。「定年って生前葬だな。」という一文から始まる本書は、仕事人間だったが故に定年後やることがなく、かといって他の老人と同じようなことはしたくないというプライドは捨てられず、家にいてグチグチ言っているが故に妻から疎まれ、ただひたすら無為な時間を過ごす男の悲哀が中心に展開されていく。
さて、そういう本を、誰にどのように売ればいいだろうか?
普通に考えれば、主人公と同じか、あるいはもう少しで定年を迎えようという人がターゲットになるだろう。実際に暇すぎる時間を過ごしている人や、もうすぐ定年を迎えるに当たって自分の生活がどう変化するのか関心を持っている人に読んでもらう、というのが常道だ。
しかし僕は本書を読んで、この本は若い人ほど読むべきではないかと感じたのだ。というのも、「定年後の人生」というのが、「それまでどう働いてきたか」ということと不可分だと本書を読んで強く実感できるからだ。主人公は、サラリーマン人生の間は輝けていることが多かったが、定年後はくすんでいる。しかし、かつての友人などの話を聞くと、学生時代、あるいは就職してからも大してパッとしていなかったような奴が、今まさに輝きを放って活き活きしている姿を様々に見てしまう。そこにはもちろん、運や時代の変化など自らの努力だけではどうにもならないことも含まれるが、しかしやはり「どう働くか」という自らの選択こそが、人生の終盤を輝かせるかどうかを左右するという側面も間違いなくある。
だからこそ本書は、大学生・就活生・働き始めたばかりの若者にも手にとってもらうべきだと僕は考えている。しかし、『終わった人』をそのまま売り場に置いているだけでは、「自分が読むべき本」と感じてもらうことは難しいだろう。だから僕はこの本に、【この本、大学生とか働く若者も読んだ方がいいと思う。何でかって、人生の終わりが、それまでの“働き方”に左右されるってことを痛感させられるから。】というPOPをつけ、店頭で展開することにした。
こういう発想も、僕が常に意識している「変換」なのだ。
何故こんな話を冒頭で書いたのか。それは本書『拝啓、本が売れません』が、どう本を届けるかに全力でジタバタする姿をリアルに描き出したノンフィクション(というかエッセイ?)だからだ。
『拝啓、本が売れません』というタイトル、そして本書の内容から、僕は以前テレビで聞いたある言葉を思い出した。
誰の発言だったかは忘れてしまった。確か何かのバラエティ番組の中で、決して知性派というわけではないお笑い芸人が、話の流れの中でポッと言った言葉に鋭さを感じて、印象的に憶えているのだ。
そのお笑い芸人には、こんな感じの発言をした。
「テレビで、『テレビを見る人が減ってる』みたいな発言をしたり、そういう特集をしたりするのって、なんか意味あるん?」
あぁ、なるほどと思った。そのお笑い芸人の主張を補足するとこうだ。テレビは確かに今あまり見られていないかもしれないが、それでも、実際にテレビを見てくれている人はいるわけだし、そういう人たちに向けて俺たちは番組を作っている。色んな理由があってテレビを見てくれているんだろうけど、でも大体テレビを今見てくれている人というのは、テレビのことが好きな人だろう。そういう人たちに向かって、「テレビはオワコンだ」とか「視聴率がどんどん低くなっている」という情報を積極的に発信する意味なんてどこにもないだろうし、そういうネガティブな発言が、テレビを好きでいてくれている人の心を離れさせてしまうことだってあるだろう。だからそういうことは言わない方がいいんじゃないか、という主張だった。確かにその通りだなぁ、と納得したことを覚えている。