藤田田物語①手垢でボロボロに汚れた一通の「定期預金通帳」
凡眼には見えず、心眼を開け、好機は常に眼前にあり
■金儲けは正義である
「東大出の異色の経営者」、「銀座のユダヤ商人」、「アントレプレナー(起業家)のアイドル」、「文明評論家」……。総資産1兆7000億円といわれる日本最大の外食チェーン、日本マクドナルド株式会社を率いる藤田田には、ただ単に外食チェーンの経営者にとどまらない、予言者的、警世家的な風貌がある。それに加えて、〝日本マクドナルド教教祖〟兼〝日本金儲け教教祖〟といった雰囲気がある。
企業が興隆するのには、魅力ある人物の出現が第一だといわれるが、藤田田には成功する起業家の条件が備わっていた。
日本マクドナルドのハンバーガーが、わずか20年という短期間のうちに、全国津々浦々で800店余を数える日本一のレストランチェーンに発展したのは、藤田田の企画力、行動力、決断力、経営力に加え、人間的魅力があったからである。
日本は歴史的に「米と魚の食文化の国」であった。日本で丸い小型のパン(ハンバーガーバンズ)に牛肉のハンバーグステーキを挟んだハンバーガーが、爆発的にヒットするとは誰も予想していなかった。
藤田はそんな常識が支配する日本でハンバーガービジネスを展開するのに、「文化流水理論」を採った。「文化というものは高きところから低きところに水のように流れる」、つまり知識や情報はすべて「上から下へ流れる」という理論だ。
「アメリカという日本より高い文化のある国で、ハンバーガーとポテトがはやっているのであれば、日本が黒髪とみそ汁と米の文化の国だとしても、将来は金髪の女の子がハンバーガーとポテトを食べていてもおかしくはない」(藤田)
藤田はハンバーガービジネスを最初に展開する場所に、アメリカ側が主張する湘南海岸のロードサイド店をはねつけて、東京・銀座を主張し一切譲らなかった。銀座という日本文化を象徴する場所に出店することで、ハンバーガービジネスが日本中に流れていくと確信していたからだ。
藤田は1971(昭和46)年7月、日本マクドナルドの第1号店を銀座三越店の1階にオープンした。
たった22坪、テイクアウト(持ち帰り)専門の小さな店だったが、8月からスタートする歩行者天国(日曜・祝日)を味方につければ、爆発的にヒットすると読み切っていた。実際、歩行者天国が始まると、銀座通りにはビーチパラソルの花が咲いた。その下には折りたたみ式の丸テーブルと椅子が置かれて、公道がそのままマクドナルドの店舗として使われた。家族連れが買い求めたハンバーガーやポテト、コーラ、アイスコーヒーなどのセットメニューをトレーに載せて運び、テーブルに座って飲み食いした。
一方ではジーパンやミニスカートに代表される若者たちが歩行者天国を闊歩、歩きながらハンバーガーとコーラを立ち食い、立ち飲みした。それまで立ち飲み、立ち食いは日本の食文化では行儀が悪いと、家庭や学校教育では道徳上、原則的に禁止されていた。
だが、藤田はそういう常識を破壊し、「右手にコーラ、左手にハンバーガー」というアメリカン方式の新しい食スタイルを流行らせることに成功した。日本マクドナルドの銀座三越店は連日連夜行列ができるほどの繁盛ぶりで、翌
72(昭和47)年10月1日、日商222万円を記録し、マクドナルドの売上高世界新記録を打ち立てた。
藤田はハンバーガービジネスで、日本的な食習慣に革命を起こしたのである。
藤田はこのような成功体験を引っ提げて72年5月、自著『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ刊)を世に問うた。
それまで、日本人が最も苦手としたユダヤ人社会を題材にとり、世界経済を動かすユダヤ人の地下金脈や、ユダヤ人の政治力の実態に斬り込んだ。藤田は、「78:22の宇宙法則」、「首つり人の足をひっぱれ」、「女と口を狙え」、「懐疑主義は無気力のモト」といった全97項目から構成される『ユダヤの商法』で、金儲けの極意を明らかにした。
藤田は「ユダヤ商法の原理原則の中にこそ金儲けのノウハウがある」と、喝破した。日本にマクドナルドのハンバーガーを導入し、それを成功させた快男児のことばであっただけに、そこには臨場感あふれる説得力があった。
『ユダヤの商法』を読んだ誰もがみな、マクドナルドのハンバーガーを初めて食べたときと同じような驚きと、カルチャー・ショックに襲われた。
これを機に藤田は、稀代の起業家にして予言者、警世家、そして〝日本金儲け教教祖〟の座に就いたといっても過言ではない。『ユダヤの商法』は82万7000部売るベストセラーとなったが、現在では古本市場で高値をつけ、多くの読者からその復刊を待望されていた。
藤田の素顔を探っていくと、原理原則に忠実なユダヤ教的合理主義者の面と、義理人情に厚い古風な日本人の面とが矛盾なく同居していることに驚かされる。怪物ぶりを発揮する反面、優しさを忘れないところに、藤田の人間的な魅力が感じられるのである。