タリバンの復権はなぜ「アメリカの世紀の終焉」なのか?【中田考】凱風館講演(後編)
「凱風館」での中田考新刊記念&アフガン人道支援チャリティ講演(後編)
■弱体化するアメリカ
政権には政権能力がなかった。タリバン政権が唯一アフガニスタンの中で政権担当ができるということが今回全て明らかになったわけです。アフガニスタン国内では全員が分かってますし、アメリカも含めて関係者は全員が分かっているんです。ただし、能力があるのはタリバン政権しかないけれども、タリバン政権はけしからんので困る、とアメリカは言っているわけです。
実は2012年ぐらいから和平の動きが始まっていましたが、ヨーロッパやアメリカが主導したものは全て失敗しています。実はアメリカはアフガニスタンの海外政権を切り捨ててタリバンと組もうとしていたんです。そして自分たちが切られてしまうのでアフガニスタン政府は反対していたんです。
その反対をトランプが強引に押し切って、アフガニスタン政府を招かないでドーハで「我々はアフガニスタンから撤退します」と表明し、それを次のバイデンが実行しました。その実行の仕方があまりにもひどかったので、前編の始めにお話ししたようなみっともない事態になりましたが、これ自体は元々トランプが決めたことでしたし、さらに言えばオバマの時にはもうこの道筋ができていたわけです。
オバマが大統領になった頃に、中国が日本を抜いて世界第二の経済大国になりました。それに対してアメリカはどんどん弱体化しているので、これからはもう二正面作戦はできないということが明らかになりました。
元々アメリカの絶頂期は第二次世界大戦直後でした。この時にまずはヨーロッパが潰れ、一応戦勝国だったロシアも国土の半分ぐらいが焼野原になりましたので、アメリカは世界全体を相手にしても勝てる、というのがアメリカの国防戦略だったわけです。
ところが、これがどんどんできなくなっていきます。今だってアメリカは強いのですが、昔は今よりもはるかに強かった。核兵器だってアメリカしか持っていませんでした。それから相対的な国力が一方的に下がっているので、もう二正面作戦もできなくなってしまった。
ですからもう本土から遠い中東から手を引いて、とりあえず日本を守ろうというのがアメリカの戦略です。「日本を守る」というのは日本の国民や国土を守るという意味ではなく、日本での権益を守るという意味ですけれど、ともかくこの部分だけは守ろうという戦略にシフトしました。
これは要するに「中国のほうにシフトする」という話だったのですが、アフガニスタンからあまりに杜撰な引き揚げ方をしたせいで、「アメリカは同盟国でさえ見捨てる」という逆のメッセージを放ってしまいました。
二正面作戦を避けるのはオバマ政権の時からの既定の戦略で、これは実は中国と戦うためだったのですが、今回のアフガニスタンからの撤退はそう捉えられなかった。むしろ「台湾も見捨てる」というように捉えられてしまう、最悪のやり方になってしまいました。
■世界情勢の鍵を握るアフガニスタン
醜態を晒したアメリカと比較して、すぐに反応したのが上海協力機構です。
上海協力機構とは、日本ではほとんど話題になりませんが、中国とロシアが中心になって中央アジアのトルコ系の国々が作っている地域共同体です。
なんのための共同体かというと、ロシアは国内のイスラーム教徒の反乱を抑えるため、中国はウイグルの反乱を抑えるため、その他の国も国内でイスラーム運動が強くなって国が潰れるのを防ぐために、このような地域共同体が作られました。それからどんどん拡大していって、パキスタンとインドまで加入しました。こうして人口的に見ると実は現在世界最大の地域共同体になっているのが上海協力機構です。
ここにイランは以前からオブザーバーで入っていましたが、ウズベキスタンとタジキスタンの反対により正規メンバーとしては認められていませんでした。それがタリバンのカブール制圧後すぐに正規メンバーとして迎え入れられたのです。
中央アジアの文脈でいうと、イランはこれまで(というか今でもそうですが)、イスラーム革命を輸出している非常に危険なイスラーム原理主義国家であって、こんな国を正規メンバーとして入れるわけにはいかないと反対されていました。しかしそれよりも危険なタリバンが出てきたので、これを抑えるためにはイランに入ってもらうしかなかったのです。
タリバンが悪名が高くなったのは、スンナ派であるタリバンがアフガニスタン国内のシーア派の民族であるハザラ人を弾圧したことがきっかけです。アフガニスタンは元々パシュトゥーン人の国であって、タリバンかどうかに拘わらず元々イデオロギー的にスンナ派とシーア派が戦っていた地域です。
シーア派であるイランとスンナ派であるタリバンとは、イデオロギー的に敵対している。一方で言葉は通じて話もでき、実際に付き合いもある。その両方の意味でのタリバンへの抑えとして、イランにも上海協力機構に入ってもらったわけです。これがタリバン政権ができてから二週間ぐらいのうちに起こりました。
さらに、ヨーロッパやアメリカはアフガニスタンへの人道支援自体は失わせたくないけれども、自分たちでは実行したくないので、この中国が主導する上海協力機構にアフガニスタンの支援は任せるという宣言をしています。
これでもうユーラシアの主導権は完全に上海協力機構に移りました。そう言い切っていいと思います。
今回タリバン政権ができたことで一番の敗者はインドだと言われています。
元々インドは一番の仮想敵はパキスタンですが、パキスタンと中国は仲がいいので、インドは中国とも仮想敵同士です。元々タリバン政権はパキスタンの傀儡だと言われていました。実際はそれは事実ではありませんが、タリバンはパキスタンと近い関係ではあり、しかも中国と近い。最初にタリバンの単独招待をしたのも中国ですし、中国は経済支援も続けていますから、タリバン政権に一番入りこんでいるのは中国です。ですから今回のアフガニスタンの動きは中国とパキスタンの勝利であって、同時にインドにとっては敗北なんです。
現在、日本はインド、アメリカそしてオーストラリアと組んで、「自由で開かれたインド太平洋」という戦略を立てています。私はこれを完全な机上の空論であって絶対に成功しないと思っていましたけれど、今回の件で完全に失敗したと言っていいと思います。
アフガニスタンの首都はカブールですが、実はインドを統一した最大の帝国であるムガール帝国は、現在のインドからはヒンドゥークシュ山脈を隔てたアフガニスタンにあるカブールの王様だったバーブルという人が建国した国です。ですからアフガニスタンは、前編でお話しした通りイスラーム世界と中華世界のフォルトラインでもありましたし、インド世界とイスラーム世界のフォルトラインでもあったわけです。
さらに19世紀になってロシアが南下して、中央アジアの元々チャガタイ・ウルスだった辺り、つまりトルコ化したモンゴル帝国をすべて征服しましたので、18世紀から19世紀にかけて、アフガニスタンはロシア=東方正教会文明とイスラーム文明とのフォルトラインにもなるんです。
そして19世紀から21世紀にかけて、インドを植民地化したイギリス(前編で説明)と、アメリカが入ってきたことで、西欧とのフォルトラインにもなっていた。
このように様々な文明の中心に位置しているのがアフガニスタンなのです。
アフガニスタン国内では、これから冬になって数十万人が餓死するだろうという状況になっています。これをどう処理していくのかは「かわいそうなアフガン人を助ける」という単純な話に留まらず、以上のことから分かるように、世界史の運命を変えるような重要な問題なのです。
「アフガニスタンは中国の支配下に入った」と言われることもありますが、むしろ中国のほうがこれからアフガニスタンをうまく処理していかないと、内政がうまくいかなくなる。そういった意味でアフガニスタンのほうが実は強気な立場でいます。イギリスを打ち破り、ソ連を崩壊に追い込み、さらに今回アメリカの世紀の終焉を見せつけたアフガニスタンは「帝国の墓場」と言われています。同じ轍を踏むであろう中国もいい気味だ、という声も出ているくらいです。
このように、世界の情勢を見ていく上でもアフガニスタンはこれから目を離せないと私は考えています。
文:中田考
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◉中田考『タリバン 復権の真実』出版記念&アフガン人道支援チャリティ講演会
日時:2021年11月6日 (土) 18:00 - 19:30
場所:「隣町珈琲」 品川区中延3丁目8−7 サンハイツ中延 B1
◆なぜタリバンはアフガンを制圧できたか?
◆タリバンは本当に恐怖政治なのか?
◆女性の権利は認められないのか?
◆日本はタリバンといかに関わるべきか?
イスラーム学の第一人者にして、タリバンと親交が深い中田考先生が講演し解説します。
中田先生の講演後、文筆家の平川克美氏との貴重な対談も予定しております。
参加費:2,000円
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