混迷極める9月場所もう一つの見所
37歳の“最年長関取”安美錦の戦い
大相撲雑記帳 第4回
稀勢の里の綱取りが注目される9月場所だが序盤に躓き、早くも暗雲が立ち込めている。白鵬不在の横綱陣も休場明けの鶴竜が連敗スタート。連覇を狙う日馬富士も3日目に土がついた。4日目の時点で上位陣の中で全勝は大関豪栄道1人だけという混戦ぶり。優勝争いは全く予想のつかない展開となっている。
熱心な相撲ファンはそれに優るとも劣らないぐらい、十両のある力士に注目している。土俵入りでは反り技を得意とする若手の注目株、宇良以上に大きな拍手と声援を受けている最年長関取、37歳の安美錦である。西前頭3枚目だった今年5月場所2日目の栃ノ心戦で左足アキレス腱断裂の重傷を負った。これまで両膝のケガには幾度となく泣かされてきたが、今回はこれまでの比ではないほどの過酷な状況下での土俵である。
通常は復帰まで最低1年は要すると言われる大ケガだが、わずか4カ月ほどで衆目の前に帰って来た。今場所の番付は西十両10枚目。全休すれば関取陥落は確実な情勢で、万全には程遠い状態ながら強行出場に踏み切り、初日は巨漢の朝弁慶に電車道で押し出された。
「相撲を取るのが仕事。少しでも取れると思ったら、そこに懸ける。今までもそうやってきた。今の状態で出来ることを探してやっていくしかない」。
一方的な敗戦だったが笑顔交じりに話す表情は、黒星よりも相撲を取れる喜びが優っていたことを物語る。翌日は里山を奇手のはりま投げで降して初勝利に「ここまで来る過程が長かった。家族と一緒に取ったような白星」としみじみと語った。しかし、その後は連敗で苦しい立ち上がり。「自分から攻めようと思ったんだけど…。何かしないとね」と日に日に険しくなっていく顔つきは勝負師そのもの。気力はいささかも萎えていないことの証明でもある。
独特なポーカーフェイスも相まって、飄々とした土俵態度からは常に何かをやってくれそうな雰囲気を漂わせる。30歳を過ぎベテランの域になってもしばしば横綱、大関陣を撃破し、“上位キラー”の異名を取ってきた。そんなワクワクする相撲をもう一度、午後5時半以降に見てみたいと切に願う。稀代の業師が相撲人生20年目にして最大の正念場を迎えている。