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「名古屋の嫁入りはド派手」説、その真実はどうか

「名古屋の嫁入り」は他地域にもある 真実の名古屋論④

「お披露目」する風習

 

 それでも、結婚式に伴う行事が名古屋では他の地方では見られぬほど派手だと言う人がいる。

 一つは、嫁入り道具の豪華さを近隣に「お披露目」して誇示する風習である。これについて、例によって岩中祥史はあちこちで蛮族の奇習ででもあるかのように、これでもかこれでもかと書いている。『名古屋学』からほんの一節だけ引用しておく。

 名古屋では、娘を嫁に送り出すとき、嫁入り道具を一度〔家具屋やデパートなどから〕実家に全部運び込ませる。それだけではない。お披露目といって、運び込んだ嫁入り道具を、ご近所の皆様方に一点一点披露するならわしがあるのだ。

 この嫁入り道具のお披露目は、最近では都市化が進みよほどの旧家でなければ見なくなったが、昭和30年代までは珍しくなかった。名古屋だけではない。全国でである。

 岩波文庫に『日本民謡集』(町田嘉章・浅野建二編)という一冊がある。主編者の町田嘉章(筆名に「佳聲」を使うこともあった)は民謡研究の先達で、全国を巡って民謡を五線紙に採譜した。この本では民謡の成立背景も解説してある。ここに収録してある宮城県の民謡「長持唄」を解説とともに紹介しよう。

 蝶よ花よと育てた娘 今日は他人の手に渡る

 箪笥長持七棹八棹 あとのお荷物馬で来る

 箪笥長持嫁もろともに 二度と返すな古里に

 大切に育てた娘が今日の晴れの日に嫁ぎ先の家の人になる。嬉しいような寂しいような複雑な親の心境が歌われた婚礼歌である。この歌は「長持唄」という題からも分かるように、婚礼歌の中でも嫁入り道具を運び込む「婚礼道中唄」に分類される。解説にはこうある。 

 嫁の調度品を聟(むこ)の家に運び込む時に歌われる婚礼道中唄で、通常、ノド自慢の若者が〔嫁側・聟側〕双方から一人宛選ばれて歌うもの。歌詞は全国共通のものが多く、歌う文句と場所とが定まっていて応答挨拶代りに歌われる。

 また、この一首ずつについて次のような注釈がある。

 

 〔蝶よ花よの歌は〕婚家附近の歌

 〔あとの二首は〕婚家に着いた時の歌

 

 婚礼の歌にもいくつもの慣習上の決まりがあることが分かる。そして、嫁入り道具が「箪笥長持七棹八棹」にもおよび、それでも足りない分が「あとのお荷物馬で来る」ことも分かる。里方から嫁ぎ先まで道々歌を歌って嫁入り道具を「お披露目」しながら練り歩くのだ。この歌は宮城県の「長持唄」ではあるが、「歌詞は全国共通のものが多い」。日本全国で同じような婚礼道中が行なわれたのである。

「名古屋の嫁入り」なるものは、別に名古屋特有の珍しい嫁入り習俗ではない。昭和30年代までは全国で見られた。東京などでは住環境や交通事情が激変し、婚礼道中唄を歌いながら里方から嫁ぎ先まで練り歩くことが早くから廃れた。しかし、名古屋は一戸建ての住まいも多く、こうした嫁入り風習が比較的最近まで残ったのである。

『真実の名古屋論〜トンデモ名古屋論を撃つ』より構成) 

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呉 智英

ご ちえい

評論家。昭和21年(1946年)、名古屋市生まれ。早稲田大学法学部卒業。評論の対象は、社会、文化、言葉、マンガなど。日本マンガ学会発足時から十四年間理事を務めた(そのうち会長を四期)。東京理科大学、愛知県立大学などで非常勤講師を務めた。著作に『危険な思想家』『現代マンガの全体像』『現代人の論語』『吉本隆明という共同幻想』『つぎはぎ仏教入門』ほか。名古屋市在住。


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