ロバとおれ一人。乾いたモロッコの荒野を歩いて旅する
ロバに飼い主だと認められる
■岩山の先の碧い湖、イミルシルへ!
七月二十一日、出発の朝。四時半に起床し、大量の食糧をロバの「モカ」にやる。モロッコの昼はあまりに暑く、夜は暗いので、早朝と夕方しか移動できない。というわけで、基本的に日の出と共に出発しようと考えていた。モカの食事には一時間以上かかるので、このくらい早く起きて準備をしないと間に合わない。
午前六時。日の出と共に、おれとモカは冒険の第一歩を踏み出した。
早朝で誰もいないトドラ渓谷を、モカと共に歩いて抜ける。誰もいないせいか、モカはとても落ち着いていた。トドラ渓谷では谷に沿って小川が流れているので、少しひんやりした風が吹いていて、気持ちがいい。しばらく歩いて渓谷を抜けると、おれの目の前にはごつごつした岩山の山岳地帯が広がった。さあ、ここからは散歩で歩いたことのない道路だ。この岩山を越えて、まずは第一の目的地、緑豊かな湖のあるイミルシルへ行こう!
モカと歩くこと数時間。日が昇り、じんわりと暑くなってきた。人が少ない地域なので、日が昇ってもなお、車は一時間に一台程度しか通らない。車を停めて声をかけてくる人もいたが、ほとんど皆「無理だからやめておいたら?」と言って走り去るだけだった。途中警察も声をかけてきたが、フレンドリーな雰囲気で今後の予定を聞いてきただけだ。
モカの歩きも安定していた。途中興奮することはあったものの、何度か止まらせることで何事もなかったかのように歩き始めてくれた。そのおかげで、なんと昼にはティズギ村から二十二キロ離れた村まで到着することができた。モカはまだまだ歩けそうだったけど、初日だったので無理は禁物と考え、村の外れにある無料のキャンプスペースで野宿することにした。……一日にこれだけ歩けるなら、モカの体力については心配なさそうだ。
夕方、モカに道草を食べさせるために散歩していると、モカがいきなり座り込み、腰を前後に動かし始めた。モカのそんな動きは初めて見たので戸惑っていると、モカはすぐに立ち上がり、元の体勢に戻る。……モカの下腹部から滴る透明の液体が、モカが今何をしていたかを雄弁に物語っていた。……今日はモカにとって新しいことだらけだったから、興奮して感極まったんだろうか。まあ、なんにせよ、リラックスできているなら良かった。
その後、荷車へ戻り就寝。乾いた風が気持ちいい。疲れていたのですぐに眠りに落ちた。
モカとの出発から二日目。早朝、モカに餌をやってから、日の出と共に出発。この日は道中、モカとランニングを楽しんだ。モカが興奮するタイミングに合わせておれが走るとモカもついてくるので、どちらが先に疲れて歩き出すか勝負ができる。平坦な道だと大抵モカが勝つが、上り坂だと荷車分のハンデがあるからおれに軍配が上がる。モカはこれまで狭い家畜小屋で飼われていたので、今後モカが望むのならば可能な限りのびのびと走らせてやりたい。
夕方、寝る場所が見つからず、通行人に安全だと教えてもらっていた丘の上に行こうとした時のこと。途中、道が途切れていて砂利道になっている上り坂があり、モカがそこから先に進んでくれなくなってしまった。辺りは既に暗くなってきている。……こんなところで野宿するわけにはいかない。せめて丘の上まで行かないと。そう考え、モカの手綱を精一杯引くも、モカは微動だにしなかった。それならば、と手綱から手を離して荷車を後ろから押し、モカに進むよう指示を出す。そうすると、ようやくモカは動き出してくれた。けれど、おれが少しでも力を緩めると荷車がずるずると坂道を下ってしまうような状
況で気が抜けない。時間をかけて力を振り絞り、砂利道を越えて何とか丘の上まで登ることができた。その後、丘の上で野宿。この日は星空がとても綺麗だった。
三日目の午前四時頃、あまりの寒さに目を覚ます。いよいよ標高が上がって来たらしく、季節は夏だというのにおれの体は震えていた。とりあえずモカに餌をやり、いつものように出発する。この日は登り坂ばかりだった。勾配も急な坂が多く、モカが耐えられるか心配だった。こまめに水分補給と休憩を挟み、時には昨日のように荷車を後ろから押しながら進んだ。
車はほとんど通らず、おれとモカ、一人と一頭の世界だった。眼下には乾燥地帯の岩山が広がり、そのさらに向こうにはモロッコ南部の砂漠が広がっている。そんな中、強い日光と乾いた風を受けながら一歩一歩、歩いていく。モカはおれを飼い主だと認めてくれたようで、手綱を持たなくても道草を食わずに進み、機嫌が悪くない限りは、止まれ、進めなどの命令を音で判断して行動してくれた。
<『-リアルRPG譚- 行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』(電子版もあり)>